セキュリティ市場の課題と展望
インドネシアのセキュリティ市場は、足元も成長を続けている。現在、インドネシア国内には、約5000社の正規登録された警備会社と、総計81万人の警備員が従事しているが、都市部の経済発展が進む中、特にジャカルタやスラバヤなどの大都市では高層ビルやショッピングモールの建設が相次ぎ、多くの企業や個人がセキュリティ対策に注力している。また、過去のテロ事件を教訓に、公共インフラや大規模施設ではテロ対策にも力を入れているケースも多くみられる。
インドネシアのセキュリティ市場の特徴のひとつは、他のアジア諸国と同様、外部からの犯罪よりも内部犯罪が深刻な点だ。工場や企業内では、従業員による物品の盗難やデータの不正利用が行われ、その被害額は外部からの窃盗被害をはるかに上回るケースも多く、企業の信用を揺るがしている。こうした内部犯罪の防止に向けて、警備会社はさまざまな対策や助言を提供しているが、企業自らの監視体制強化や従業員のセキュリティ意識向上のための教育や訓練も不可欠といえる。
また、インドネシアでは火災リスクも無視できない。日系企業を含む長年事業を行っている企業の多くは、老朽化した設備を使用しており、機器の不具合による火災が増加傾向にある。火災は企業や個人の財産を一瞬で失わせる可能性があり、その影響は盗難被害よりも甚大といえる。高温多湿な気候により設備の劣化も早まるため、定期的な点検やメンテナンスが欠かせない。警備会社はこうしたリスクを極小化すべく、専門チームによる訓練や点検をサポートしているが、火災時の避難経路の確保や防火設備の導入、さらには従業員への定期的な訓練など、企業自身の自己防衛意識の向上も重要である。
こうしたインドネシア特有の環境のなか、まずもって警備会社に求められているのは、警備員に対する優秀な人材の確保と教育である。インドネシア全体を見渡すと、残念ながら、十分なトレーニングを受けず、顧客に適切なセキュリティサービスを提供できない警備員が数多く存在する。業界全体として警備員の質の向上を図ることは長年の課題であり、例えば、弊社では消火器や消火栓を使用した消火訓練、心肺蘇生やAEDの訓練などを積極的に実施し、警備員の付加価値の向上に努めている。
一方で、先進国同様、インドネシアのセキュリティ業界も、従来の「ヒトだけの警備」から「機械やITとの融合」へと急速に移行しつつある。監視カメラや入退室管理システムでは、AIや顔認証技術などの生体認証が導入され、警備業務の精度と効率が大幅に向上している。ヒトによる監視を技術で補完し、精度やスピードを上げることが大きなトレンドとなっている。EV化が進む自動車業界などと同様、セキュリティ業界もまた、大きな変革の時代を迎えていると言えるだろう。
インドネシアのセキュリティ市場は今後も急速な成長が見込まれるが、内部犯罪や火災リスクへの対策強化、最新技術の活用、そして警備員への定期的な教育と訓練などを通じて、業界全体でセキュリティ意識を高めていく必要がある。ただ、社会全体の安全向上には、警備会社のみならず、企業や個人が自己防衛意識を高め、適切なセキュリティ対策を講じることも重要である。セキュリティ業界としては、様々な顧客と緊密に協力しながら、より安全な社会の構築に邁進していきたい。(セコムインドネシア社長 稲波輝郎=JJCサービス部会理事)