ドル高か円安か

 ここ数週間の為替市場はやや不安を誘うほどに波乱に満ちた展開が続いた。ドル円相場は4月後半から円安が加速、4月29日には実に34年ぶりの円安水準となる160円台をつけた。日本が祝日で商いが極端に細る中、やや奇襲攻撃的な円売りが入り大幅な円安となったが、即座に政府・日銀による介入と思われる大規模な円買いが入り(この日の為替介入は約5兆円と1日の介入としては過去最大規模と目されている)、その日のうちに一気に154円台まで戻すという異例の展開となった。その後も何度か介入と考えられる円買いが入り、先週末には152円台まで戻している。
 ドル円相場は、1985年のプラザ合意以降の長い歴史の中では、円高のピークは79円台、円最安値は160円台(プラザ合意直後の水準を除く)と、かなりの振れ幅を経験してきている。ただそれでも直近の10年間はむしろボックス相場と呼ばれる安定期に入っていて、110円を挟んで上下10円幅のレンジ内で上下する状況が続いてきた。いまの円安トレンドはこのレンジを突き抜けて進んでいるが、もともとは2022年に米国のインフレ進行でドル金利が引き上げられ日米金利差が拡大したことによって引き起こされた流れだ。その間、円が他の通貨に比べて下落幅が大きくなる傾向はあったものの、相場を動かすドライバーとしてはドル側の要因による「ドル高」の側面が強かった。
 しかし、4月26日の日銀政策決定会合での植田総裁による、円安が「基調的な物価上昇率に、今のところ大きな影響を与えているわけではない」との発言があってからの相場の流れは、円の独歩安、つまり「円安」の側面が強い展開だ。しかも、投機的な円売りと大規模介入による円買いは、かつてエマージング国で起こった通貨危機をも想起させたし、実際この2週間程のドル円相場のボラティリティは、トルコ・リラやメキシコ・ペソといった高変動の常連通貨のピーク時と同じような水準まで跳ね上がった。
 ここまでのところ介入効果は確かに出ているが、円安圧力はまだまだ続くと見ておくべきだろう。日銀が政策金利を引き上げられたとしても低水準にとどまる、そして日米金利差は相応な水準で残る、というのが支配的な見方になりつつあるからだ。ドル高よりも円安、といったような相場展開が続くとなると、次はドルの利下げが始まっても円高方向には戻らない可能性を意識する、といったことになってくるかもしれない。
 日銀へ批判の矛先を向ける論調もあるが、政策金利を上げられないのは、賃金上昇を伴う良い物価上昇(円安による悪い物価上昇ではなく)が継続性を持って実現しきれていない、つまり日本経済の構造要因ととらえるべきだろう。そしてこのような状況が長引くと、円安起点の悪い物価上昇が、消費低迷や企業業績の悪化を通じて、賃金上昇の流れを削いでしまう悪循環にも陥りかねない。足下の相場の動きは、いま日本経済がクリティカルなタイミングに来ているかもしれないと感じさせる。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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