新興国中銀の独立性
日銀によるマイナス金利の解除がいよいよ間近に迫ってきた。2%を安定的に上回るインフレ率、5%を超える賃上げ率など、政策変更に向けての環境設定は十分に整ってきたとの判断だろう。ただマイナス金利解除後も政策金利はほぼゼロに張り付いたままになる見込みなので、日銀の金融政策が真に「金利のある世界」を回復するまでにはまだ道半ばということにもなる。
世界の大半の国の中央銀行はこれとは逆の課題を抱えている。インフレ対応で高止まりした政策金利を、いつどのくらいのペースで下げるべきかという課題だ。高金利状態が長引くことで、多くの国で住宅ローン金利の高止まりなどを通じ、一般市民の生活にもジリジリとその影響が実感されるようになっている。足下、いくつかの国では、政治の側から中央銀行の金融政策に言及する、またはより直接的にプレッシャーをかける、といったようなケースが出てきている。
今月8日にはバイデン大統領が一般教書演説の中で、金利がもっと下がるほうに賭けると発言、連邦準備理事会(FRB)の独立性を重んじる米国の大統領の発言としては異例と受け止められた。11月の大統領選をにらみ、今後の選挙戦次第では政治的意図の強い発言が増えてくるかもしれない。
新興国ではもっと踏み込んだ動きが出てきている。政治による中銀への介入という意味では、2021〜22年にかけてのトルコで、インフレ率が20〜80%台を記録する状況でエルドアン大統領が中銀に圧力をかけ利下げを実行させたのが記憶に新しい。そこまでの強い圧力ではないが、直近ではタイで昨年誕生したセター政権が景気対策を意識して中銀への利下げ圧力を強めているほか、ハンガリーでも昨年より首相側近筋からの度重なる利下げ要請が続いていた。両国ともそれぞれの中銀が通貨の番人としての独立性を維持しようと苦心しており、今のところトルコで起こったような状況には陥っていないが、今後、ドル金利の高止まりが続くことで、輸入物価上昇や景気減速となれば、こういった政治的圧力も強まってくるかもしれない。
新興国での政治から中銀への圧力は、基本的には次のような構図のもとで起こっている。景気が思ったように上向かない状況下で、それぞれの政権が支持率を維持・上昇させるべく財政出動して景気浮揚策を採用(人気取りが優先するので経済的な波及効果よりもバラマキ型となってしまうケースが多い)。しかし、思ったようにすぐに景気は上向かない(外需依存が高い新興国は国内需要刺激だけの景気浮揚には限界がある)。大規模な財政出動は財政悪化の懸念を呼び通貨が売られやすくなる。中銀は通貨安定のために利下げに慎重になる。政権サイドは景気が良くならないのは高金利のせいとして中銀にプレッシャーをかける。
インドネシアで同様のことが起こる可能性はあるだろうか。もしこれまでのジョコウィ政権の延長で、5%レベルの成長の下で政権が安定的に維持されるのであれば、その懸念は低いだろう。しかし、新政権が掲げた8%成長を本気で目指しそのために大規模な財政出動をいとわない、あるいはそうした状況下でも政権の支持率が思うように維持できない、というような事態になってくると話は違ってくる。ドルの利下げ時期がまだ不透明であることを考えると、新政権による財政出動は、それが強すぎるとリスクファクターになってくるかもしれない。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)