抑制されたインフレ

 先週、インドネシア中銀は今月の政策決定会合で政策金利の据え置きを決定した。先月来、中銀総裁自ら、インフレ率がターゲットの範囲内に抑制できていることを理由に利上げ停止を示唆していたので、市場も既にこれを織り込んでいたようだ。昨年8月に始まった金融引き締めサイクルは、少なくともいったんは1月分を最後に打ち止めになったことになる。
 今回のインドネシア・ルピアの利上げサイクルの長さは6カ月間、合計の引き上げ幅は2・25%で、これは他国通貨に比べると極めて短いサイクルだ。昨年3月に始まった米ドルの利上げサイクルはもうすぐ1年を超える見通しだし、少し遅れて7月に始まったユーロもまだ利上げ終了時期は見えない。アジアのエマージング通貨では、インド・ルピーやフィリピン・ペソは9カ月、タイ・バーツは6カ月を経過したが、いずれもまだ利上げを継続する可能性が高い。唯一、マレーシア・リンギットについては昨年11月を最後に利上げが据え置かれており、ルピアとほぼ同期間のサイクルであった。
 インドネシアとマレーシアの利上げサイクルが思いのほか短期間で終わったのは、両国のインフレ率が他国と比べて相対的に抑えられてきたことが大きい(インド、タイ、フィリピンは昨年から今年にかけて最大8%近くのインフレ率を記録しているが、インドネシアは6%、マレーシアは4%台後半がピーク)。そして、両国ともこのインフレ抑制には、政府による価格統制がかなり効いていると考えてよいだろう。
 インドネシアは財政から直接支出される燃料補助金に加えて、石炭やパーム油といった資源品目で価格統制を含めた国内供給義務(DMO)があり、これが電力や食用油などの価格を抑えるのに大きく寄与している。例えば、石炭だと国営電力会社向けの卸価格は足下で国際市場価格の3分の1程度。食用油も輸出税などを含めると国内向け価格は国際価格よりも大幅に安い。マレーシアも同様に国産資源の国内供給について価格統制を行っている。これは資源を持てる国のアドバンテージで、足元の資源価格の上昇分を国内マクロ経済の安定化に活かすことができているということになろう。特にインフレの波が世界経済を覆う今の状況において、このアドバンテージは非常に大きい。
 しかし価格統制は市場原理を歪める側面を持つことも認識しておきたい。経済学的には補助金や価格統制が社会全体のどこかで利得を失わせ、全体としての資源配分の効率性を損ねるとの考え方がある(デッドウェイト・ロス)。今のインドネシアの状況だと、大規模な国内供給義務により資源企業は得べかりし利益を失っているとも言える(国営企業も多いので実質的な財政負担とも捉えられる)。また低いエネルギーコストはどの業界にとっても悪い話ではないが、逆にこれが超過需要を生み出してしまっているかもしれないし、また中長期的にはエネルギー効率を高めるとか付加価値の高いビジネスにシフトするといった努力を(少なくとも価格統制のない他国の企業よりも)阻害している、ということもあるかもしれない。
 もちろん、先進国を含めほぼ全ての国で、生活に必要な非耐久消費財の価格は補助金などを通じて一定程度はコントロールされている。これらは低所得者層への所得支援の観点だと市場のみに任せると上手くいかない分野とも言える(市場の失敗)。ただ一方で大規模な価格統制は非効率性の副作用も伴っている可能性がある(政府の失敗)。足下のインフレ抑制と安定的なマクロ経済運営は無償で得られている訳ではないと考えておくべきではと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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