為替市場のトレンド変化
為替市場の潮目が変わってきた。先週1週間で一気に円高が進み、先週金曜日時点でドル円相場は133円台をつけた。11月2週目頃からそれまでの円安トレンド修正の動きが出てきていたが、先週の動きはその流れをさらに押し進めるものだ。10月下旬にはいったん150円台をつける場面もあったことを考えると、まさにジェットコースター相場(チャートで見るとむしろフリーフォール相場)であったと言えよう。
このトレンド変化の最初のきっかけは、先月10日に発表された米国の消費者物価指数が予想対比で0・2%程度低めに出たことであったが、先週30日の米連邦準備理事会(FRB)パウエル議長による政策金利についての発言が、前回11月2日時点から微妙に変化したことが市場の反応に拍車をかけることとなった(政策金利のピーク水準予想について2日時点では「従来予想より高くなる」。30日発言は「従来予想より幾分(somewhat)高くなる」)。
統計結果にしても誰かの発言内容にしても、ここまで微妙な差異によって、あっという間に10円以上ドル円相場が動くというのはやや納得し難い向きもあるかもしれない。しかし、いま足下の状況は、それだけ米国のインフレ率と政策金利の動向に世界中の市場参加者がセンシティブになっていて、それが彼らの期待値形成に与える影響も大きいということだろう。
円以外の通貨も対ドルで概ね上昇トレンドに入っている。アジア通貨では円や韓国ウォンなど、これまでの下落幅が大きかった通貨の戻し幅が大きい。その点、インドネシア・ルピアは買い戻される動きは鈍かったが、先週後半に大幅な買いが入り対ドルで15400ルピア台まで上昇した。11月は国営企業を中心に大口実需のドル買いルピア売りもあり、その影響でルピア安が進んでいた面もあったが、先週木・金2日間だけの動きで少なくとも11月中旬以降の下落幅は取り戻した格好だ。
為替市場の潮目は急速に変わったが、今後の市場の注目ポイントは、引き続き米国のインフレ率と政策金利で変わらないであろう。これまで同様に、米国のインフレ統計やFRB高官の発言に市場が敏感に反応する展開が続くはずだ。
ところで米国の経済統計は質量共に圧倒的に充実している(メジャーリーグはじめプロスポーツ選手のスタッツも非常に充実していたりするので米国自体が統計大国と言えるかもしれない)。例えば、雇用統計は毎月第一金曜日には前月分のデータが発表されるが、失業者の定義も失業期間や就業意思などにより6段階に分かれていて、地域別はもとより学歴や年齢、人種といったような属性別のデータもかなり詳細で充実している。つまりタイムリーにより多くのデータポイントが入手可能ということだ。マクロ経済の実態を捉えようとするときには、これら経済統計の充実度によって、見える景色の鮮明度が格段に変わってくる。
FRBもこれらの詳細データを分析し消化しているので、彼らの対外的な発信にもこれらが反映されていることが前提となる(加えてFRB高官はアカウンタビリティを果たそうとする意識が極めて高い)。市場参加者の間でも、彼らがエビデンスに基づいた見解をメッセージとして伝えているとの信頼感が醸成されている。
その意味で米国経済情勢に為替市場が左右される今の状況は、それ以外の要素で動く相場状況、例えば地政学リスクや新興国の信用不安に左右されるような相場状況などに比べれば、まだ合理的に解釈できるリーゾナブルな状況と言えるかもしれない。一見すると統計や発言に一喜一憂するような相場も、いずれ訪れるインフレ抑制の状態に至るうえで必要な道筋であると捉えることができるかもしれないと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)