ビハインド・ザ・カーブ
10月もインドネシア中銀による利上げが実施された。2カ月連続となる0・5%幅の引き上げだ。8月にコロナ後で初めての利上げ(0・25%幅)に踏み切った際にはサプライズをもって受け止められたが、世界的な利上げラッシュが続く中で、すでに市場参加者もこのペースを既定路線として受け止めつつあると言えよう。
米・欧の政策金利もハイペースでの利上げが続く。米連邦準備理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)ともにここ数回の会合で0・75%幅の利上げを継続しており、今のところこの利上げがペースとして多少スローダウンすることはあっても、少なくとも年内はトレンドとして止まることはない、というのが正しい認識であろう。
今回の世界的なインフレに際し、主要国中央銀行の金融政策が後手に回った(ビハインド・ザ・カーブ)のではないかとの認識が広まりつつある。もっと早い初動があれば、ここまでの高水準のインフレは防ぐことができたのではないかとの見方だ。FRBの初回利上げは2022年3月、ECBは同7月だったが、その後の急ピッチの利上げは、あたかも遅れを取り戻そうとフル回転しているといったところであろうし、一方で一向に収まらないインフレ率の推移を見れば、その試みがうまくいっているとは言い難いだろう。
では、もし仮にもっと早く利上げをスタートしていれば、今のような状況になることは防げたであろうか。その観点で、先週、英エコノミスト誌に興味深い記事が載った。ビハインド・ザ・カーブになるリスクをいち早く察知して、FRBやECBよりもはるかに先行して利上げを実施してきた幾つかの国を取り上げ、それらの国のインフレの状況を追った内容だ。これらの国の利上げの初動は、例えばチリが21年7月、ハンガリーは21年6月と、FRB・ECBの動きに半年から1年程度先行していた。これら2カ国に加え、FRBよりも少なくとも半年程度前から利上げに着手していた国は、ニュージーランド、韓国、ブラジル、ポーランドなどで、地域的にも偏りなく存在する。しかし、これらの国のインフレ率は高止まり傾向で(対象8カ国のコア・インフレ率平均は9月時点で9・5%、また経済成長率も相対的に減速傾向が強いという。これらの国の中央銀行は、いわばアヘッド・オブ・ザ・カーブを実践した優等生であろうが、残念ながら今のところはその成果が出ていないと言う訳だ。
やや悲観的になる話であるが、これの国のケースは他の国にとっても示唆になるかもしれない。同記事でも、そもそも利上げがインフレ抑制に効いてくるにはもっと時間がかかるという可能性や、また人々の行動様式がインフレ対応型になってきていて、それ自体がインフレを促進してしまっている可能性を指摘する。
世界的にみてここまでのインフレ水準を記録したのは1970年代末の第2次オイルショックにまで遡る。当時、米国のインフレ率は79年から82年ごろにかけて2桁を記録、政策金利も10〜20%の高水準で推移した。ひょっとすると今回もインフレ抑制に向けての道のりはまだ遠いということかもしれない。
8月にインドネシア中銀が利上げを開始した当初は、さほどインフレ率も高くない中で、アヘッド・オブ・ザ・カーブを意識した動きであることを中銀自身が主張し、市場もそのように受け止めていたところがあったが、今の時点で同じことが言えるかどうか。これはインドネシアに限らず世界中の国の経済運営について言えることだろうが、いま自分達がどこにいるのかわからない、という点が足下の状況において最も悩ましいことかもしれない。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)