アジャイル・マニフェスト

 英国のトラス新政権が発足後わずか1カ月足らずで混乱を巻き起こしている。新政権の公約であった大型減税案を即座に発表、直後に通貨ポンドの急落と英国債の大幅下落という市場からの強いリアクションを受け、わずか10日間のうちに同案の一部を撤回するに至った。最近、このような朝令暮改的なケースが増えてきているのではと感じている。約2年間に渡るコロナ対策は多くの国においてめまぐるしい政策変更の連続であったし、インドネシアを例にとってみても、4月に発表されたパーム油の禁輸措置は業界関係者や農家からの反発の声を聞き入れわずか1カ月足らずで解除となったり、また身近なところではボロブドゥール遺跡の入場料の引き上げと反対意見を受けた修正も朝令暮改の例と言えるかもしれない。
 これらのケースを見て、事前の準備や根回しが不足していたのではとか、一貫性に欠けていたのではと評するのは簡単だろう。外部環境の見通しが立つ状況下では、しっかりした準備や慎重な検討により正しい答を導き出せる確率が高まるだろうが、環境変化が激しく不透明な状況では、そもそも何が正解なのかを見出すことが格段に難しくなる。したがって、早く方向性を決めて走りながら考える、間違っているとわかったらすぐに修正する、といったアプローチの方が、結果的には効率的かつリスクもうまくマネージできることがある。このようなアプローチは最近では「アジャイル」という呼び名で、さまざまな分野で使われるようになってきている。
 ビジネスの世界でアジャイルの考え方が意識されるようになった、もともとの源流はソフトウェア開発の世界にある。2001年2月、ユタ州のスキーリゾートに集まった17人のエンジニアが、ソフトウェア開発の(当時としては)全く新しい考え方についてのアイデアを議論した。開発のスピードを大幅に短縮しつつ、ユーザー・エクスペリエンスも改善するためにはどうすべきかが議論の主眼だったが、彼らはその議論の結果を「アジャイル・マニフェスト」と呼ばれる短い宣言文として発表した。
 例えば、「計画に従うよりも変化への対応を」、「プロセスやツールよりも個人や対話を」、「契約交渉よりも顧客との協働を」、「開発後期でも要件変更を歓迎」といった具合に、わかりやすくシンプルな原理原則を掲げて、従来主流であった開発手法(ウォーターフォール型)とは真逆のアプローチを提唱した訳だ。後にこの考え方は多くのスタートアップ企業が新たなITサービスを次々に世に送り出す原動力となったばかりか、彼らの経営スタイルそのものにも大きな影響を与えることとなる(スピーディな意思決定、徹底したユーザーエクスペリエンスの追求など)。
 冒頭に挙げた英国の減税案やインドネシアのケースがアジャイルなアプローチを実践した例であったかといえば、それはそうとは言えないかもしれない。しかし、不確実性が高い状況にあっては、好むと好まざるとに関わらず、外見的には失敗と見えるような修正や変更を経ないとうまく正解にたどり着けないこともあるはずだ。最初は見通しの甘い決断であっても、そこからクイックに学んで修正できれば、その方が結果としては近道であるという可能性もある。環境変化がどんどん進む昨今の情勢を考えると、計画や検討に時間をかけすぎるよりも、まずは試してみて、そこから学習して修正する、という行動原理そのものに意味が出てきているかもしれないと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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