為替介入と市場の流動性
円安の流れが止まらない。ドル円相場が145円に迫る中、先週、財務省・日銀がいよいよ本格的に為替介入の姿勢を見せたことでいったん円高方向へ戻したが、円安トレンドの反転となるかは不透明だ。今回日銀が実施したといわれるアクションは、レートチェックと呼ばれ、日銀が実際に介入する前に各市中銀行に取引レートの水準を確認するプロセスで、実際の介入には至らなくても市場参加者に介入警戒感を醸成する効果がある。同じタイミングで鈴木俊一財務相からも為替介入を示唆するコメント(口先介入)が出ていて、これらを受け、先週の相場は円高方向に修正されたので、いったん短期的にはこれらのアクションの効果が出たと言うことができよう。
インフレ圧力を背景としたグローバルな金融環境の変化は、ドルの急激な金利上昇と各国通貨の減価をもたらし、円やユーロといった主要通貨は大きく値を下げる展開が続く。そんな中でインドネシア・ルピアの為替は年初来で一定程度下げてはいるものの、特に足下の2〜3カ月間は安定しており、円相場との差が際立つ。この状況は、インドネシアの現在のマクロ・ファンダメンタルズ、つまり資源高を背景としたインドネシアの経常収支の黒字や、足下での外国人投資家への依存度低下などにより説明がつくと言える。ただし、一方で、ミクロに眼を転じると、ルピアの為替市場におけるインドネシア中銀の役割も無視し得ない。ルピア市場では中銀が相場の推移を見ながら、特段のアナウンスもなく外貨準備を通じた為替介入を行うことが通例となっている。その時々の市場の状況にもよるが、ルピア売り圧力が多少強まった際などに月に2〜3回程度の介入を実施することは珍しくない。そしてこれが為替レートの安定に寄与している部分も少なくないし、市場参加者もそのことを前提としている。
一方、日欧米のような先進国では、為替相場は市場メカニズムにより決定されるべきとのコンセンサスがあり、為替介入は実施するにしても例外的に、かつ一定の透明性を持って行うことが所与となる。また米国は「為替操作国」という概念を採用して、主に通商上のフェアネスの観点から自国通貨の為替レートを操作していると考えられる国を名指しで公表している。こういったことも各国にとって為替介入を最小限に抑えるインセンティブとなる。
為替市場でも株式市場でも、金融市場は取引規模や市場参加者の数・多様性によりその流動性のレベルが変わってくる。ドル・ルピアの為替市場の取引規模はドル円市場の40分の1程度しかなく、また市場参加者の多様性という面でもでも差は大きい。従って、小規模かつコンスタントな為替介入である程度の価格コントロールが可能だ。
ただ一方で、市場に大きな圧力が働いた場合には、それまで価格がコントロールされていた分、想定以上に大きく価格が動いたり、一定以上のボリュームの取引が成立しなかったりといった状況に陥りやすい(最も直近では2020年3~4月のルピア急落が思い起こされる)。これは市場参加者がリスクをヘッジしようとする際の大きな障害となる。流動性の低さは為替市場にとどまらない。ルピアの金利市場も、国債の先物市場がなく、また多くの国で中長期金利の指標となっている金利スワップ市場も残念ながらまだ流動性が極端に低いのが現状だ。
金融市場の流動性向上は実体経済の拡大と歩を合わせて進んでいくことが理想だが、足下で一足飛びに状況が改善することは見通せない。今のルピア為替の安定は、良好なマクロ・ファンダメンタルズのみで成り立っているわけではないことを認識しておく必要があろう。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)