エマージング売りの波

 今月10日のフィナンシャル・タイムス紙に、2022年に入ってエマージング国の債券投資から約500億ドルもの資金が引き上げられたとの記事が出ていた。売り越しの規模としては少なくとも17年来の水準という。08年のリーマンショック、15年の中国経済減速、そして一昨年来のコロナショックのどの時よりも上回るかたちで、投資家による大規模な「エマージング売り」が進んでいる、ということになる。
 90年代のアジア通貨危機が、対外債務が積み上がる中で外国投資家が株・債券から(単純な通貨の空売りを含めて)一斉に資金を引き上げたことをきっかけに起こったことを思い起こすと、この記事を読んで不安に駆られる向きもあるかもしれない。 
 もちろんこれまでエマージング国への資金流出入については、その時々の要因でトレンドがつくられてきたし、国や地域によってその傾向に差が出ることも少なくなかった。しかし、特に機関投資家の間では、一つの大きな要因、すなわち米ドルの金利が高いか低いか(特にエマージング国から見て自国通貨との為替レートも加味した上でのドルの調達コストがどうか)、によってかなりの部分この資金流出入のトレンドが説明できる、との考えが一定の認識を得てきている。これにはデイヴィッド・ルービン氏のような影響力のあるエマージング・マーケッツ・エコノミストによる意見発信のお陰もあるだろうが、考え方としては、自国資本の蓄積が不十分なエマージング国は外貨でのファイナンスに依存し、そして輸出などにより外貨でのリターンを稼ぐことで借入返済や投資還元に充てている、という単純化した図式で捉えるとわかりやすい。為替レートも含めたドル金利の実質的な上昇は、直接的にファイナンス・サイドのコスト増になるし、リターン・サイドについても利上げは世界経済の需要減退を通じて間接的にネガティブに作用する。そしてそれを見越して逃げ足の早い投資家はエマージング国から資金を引き上げていく、という図式だ。
 いまのインドネシアはこの図式にあてはまるだろうか? ドル金利上昇の影響はある程度避けられないものの、ルピアの為替レートが対ドルでもさほど下落していないことを考えると、ファイナンス・サイドのストレスはまだ大きくなってはいないと言える。また対外債務の水準自体も国内総生産(GDP)比で35%程度と2000年代前半の50%超からすると大幅に低下。インドネシア国債の保有者に占める外国投資家の割合も足元で17%程度と、こちらも歴史的に見ても低水準だ。外貨のリターン・サイドについても低迷する中国経済への依存度が相対的に低く、逆に資源高のメリットを享受して貿易黒字は拡大基調。実際、今年に入ってからの外国投資家によるインドネシアの債券投資ポジションは87億ドルと決して小さくはない売り越しであったが、株式の流入超もありルピア為替などへの悪影響は見られていない。
 その意味で今のインドネシアはエマージング国の中でも極めて良好なポジションにあると言えるかもしれない。ただ今後、ルピアの為替下落が大幅に進む、世界的インフレの一服感により資源価格が下がり始める、といったようなことが起きてくると、状況は一変して、「エマージング売り」の波がインドネシアにも本格的に届いてくる可能性もあろう。少なくとも認識しておくべき現実は、いま多くの機関投資家にとってエマージング・マーケッツ銘柄は買い対象にはなりにくいということだ。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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