モラル・スタンダードの更新

 2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、程なくして欧州のメディアで〝moral duty〟、〝moral obligation〟といった言葉を目にする機会が急速に増えた。すなわち、この戦争にどう関わるべきか、政治の世界では経済制裁の範囲や人道支援・武器拠出、経済の世界ではロシア関連のビジネスをどう位置付けるか、といった論点において当事者の倫理的義務を正面から問う論調が増えたということだ。
 その後、ロシアビジネスからの撤退や一時休止を発表する企業が相次ぐ中で、当時欧州に駐在していた私自身もこのモラルに関わる議論を数多く見聞きし、また自らの現場でも同じような議論に多くの時間とエネルギーを費やすこととなる。
 多くのヨーロッパの人にとって、今回の戦争は人道的にも安全保障面でも「我が事」であり、その世論に多かれ少なかれ各国政府のスタンスや企業の行動が影響される訳だが、企業人として染み付いた顧客第一主義や供給責任といった原理原則とコンフリクトを起こすケースも少なくない。そしてそのような議論は、多分にモラルのあり方を問うが故に、きれいな答えを導き出すのが難しい。
 トーマス・フリードマンによるベストセラー「World Is Flat(邦題『フラット化する世界』)」が出版されたのが2005年。技術革新や貿易の進展により、世界が国境を越えて均等な競争の場(level playing field)になっていくとのアイディアを示した本書は、グローバル化トレンドの思想的バックボーンとなった。
 多くの企業がグローバルベースでの競争や市場シェアを意識し、クロスボーダーのM&Aも急増する。しかし、米中貿易摩擦、ブレイグジット、コロナ感染と予測不能なイベントが相次ぐ中で、企業もサプライチェーンの分断や様々な国による固有規制の強化への対応に追われ、(最近ややその動きが誇張されすぎている面はあるものの)もはや世界がフラットであるとは考えられない時代に突入していることが実感されるようになった。
 前述のモラルという観点では、元々グローバルに展開する企業は異なる国・地域で異なるモラル・スタンダードに直面してきていた訳であるが、ESG(環境・社会・ガバナンス)、特に環境問題への意識の浸透によるステークホルダー・マネジメントの変化や、米中対立による地政学的な変化の中で、それぞれが所在する国・地域においてモラル・スタンダードの更新を求められる局面が増えてきたといえよう。今回のウクライナ侵攻のように、極めて短期間にその立場を問われる局面もあるということだ。
 その意味では、インドネシアもモラルのジレンマに満ちた国であると言えよう。国全体の経済発展を進める中で、「発展する権利」と環境保全のバランスは極めて難易度の高いテーマだし、地域間の経済水準のバランスをどこまで重視すべきかもこの国にとっては単一の答えのないテーマであろう。World Is Flatが出版された数年後、あるインド人ジャーナリストは、「世界がフラットだったのではなく、フリードマンの頭がフラットだった」と皮肉まじりに語った。異なる場所では異なるコンテクストが存在し、またタイミングによってそれが変化していくこと、組織や個人の価値観も時には柔軟に更新していかなくてはならないことを痛感する。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)
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 今回より本コラムを担当させていただくことになりました。経済・為替の分野を中心にしつつも幅広いトピックを取り上げるよう心掛けていきたいと思います。何卒ご愛読のほどよろしくお願いいたします。

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