石炭禁輸の影響

 「天然資源は国家が管理し、国内の最大利益のために利用される」。これはインドネシアの憲法第33条の一文である。
 インドネシア政府により、1月末までの石炭の輸出禁止措置が実施されていたが、先週後半に無事に段階的緩和が発表された。国内では、一般炭生産量のうち25%をインドネシア国営電力会社(PLN)に販売することになっているが、その実勢価格は輸出向けの半分以下で、利益を狙う企業はいきおい輸出に流れがちになる。結果、PLNが抱える一般炭在庫が底をつきかけて停電を危ぐした政府が、国内供給優先を明確化する措置をとっていた。実際、6日には、鉱物や石炭の採掘事業の約2千社が鉱業事業許可(IUP)を剥奪される事態に発展した。
 世界の石炭生産でいうと、最大消費国の中国の生産量が圧倒的に大きく、中国での需要量のうちインドネシアからの輸入が占める割合はわずか5%程度とされ、今回の禁輸措置の影響はあまり無いとみる向きもあった。ただ、インドネシアは世界最大の石炭輸出国で30%超のシェアを占めており、日本向けや韓国向けなどへの影響は大きいとする声の方が多かった。実際、突然の輸出禁止のアナウンスに対し、各国からは、無煙炭や原料炭などの高カロリー炭輸出について撤回を要求するリクエストが相次いでいた。年始の発表時点では、商品市場で石炭の先物価格が上昇するなど影響は広がっていただけに、段階的な禁止措置の解除が発表され、一息ついた格好となる。ただ、政府は冒頭の条文に鑑み、石炭だけでなくLNG(液化天然ガス)についても国内供給優先を促しており、さらに、パーム油については、食用油の価格適正を保つため市場介入も辞さないスタンスとされる。
 今年、「コロナ」に替わるキーワードとして、先週の本コラムで「インフレ」と申し上げた。石炭輸出問題を含め、各種コモディティ価格の上昇が物価に与える影響については、今後はより注目していくべきと思っている。エネルギー、貴金属、農産物などの広範なカテゴリーで、需給バランスの歪みが継続しそうで、結果としてコモディティ価格の上昇が継続する可能性がある。世界的に見て、ここ10年間の設備投資額が減少傾向にあることや、脱炭素にむけた気候変動対策目標のため、貴金属や農作物の供給量を増やしにくいことも、影響している。また、欧米の機関投資家の間では、インフレ対策のヘッジ手段として、主要資産との相関性の低い(=市場の波に左右されにくい)コモディティ資産を、ポートフォリオに加える動きが増えており、これも価格上昇に影響している。
 「インドネシアで採掘される資源は、まず国内で使われるべき」という自国優先の主張がある一方で、インドネシアが世界のコモディティ市場で果たしている役割は大きく、市場との対話を怠れば、グローバルな価格上昇を引き起こし、巡り巡ってインフレ・リスクを膨らます点には留意が必要である。
 さらに、違う視点の話しだが、今回の石炭輸出禁止については、貿易黒字の減少を通じてルピア安につながる懸念もあった。通貨安定の観点からも、本件のような一時的な措置ではなく、代替エネルギー確立までのトランジション対応を強化すべきと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長、江島大輔)

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