蘇った廃墟、幾多の遍歴を乗り越えて アンバラワ、ウィレム1要塞
インドネシアで次々とオープンするレトロなカフェやレストラン。オランダ統治時代の建物や廃墟化した古い家をお洒落に格好良く再利用したカフェやレストランは大行列ができるほど。まだしばらく続きそうなこのレトロブームの中、歴史的重要性もその規模も桁違いの正真正銘のヴィンテージ建築に人々が殺到しています。床は落ち、壁は崩れ土に返るだけのように見えた中部ジャワに残る巨大な要塞がテーマパークのように生まれ変わったのです。今回のおすすめ観光情報は、中部ジャワ州アンバラワ、ウィレム1要塞を紹介します。
中部ジャワ州の州都スマランから南へ車で約1時間、アンバラワに建つウィレム1要塞(別名アンバラワペンデム要塞)は1834年に着工し約20年の年月をかけて1853年に竣工した巨大な要塞です。南には朝もやがかすみ金色の夕日に照らされるラワ・ペニン湖、周囲にはジャワの伝説も宿る山々、その絵画のように美しい自然の中で、アンバラワは当時の貿易拠点であった港町スマランとジャワ戦争でジョグジャカルタと分割されたスラカルタ(現在のソロ)を結ぶ要衝として戦略的な軍事拠点となっていました。
アンバラワと言えばインドネシアはもとより日本の鉄道ファンも訪れる鉄道の聖地「アンバラワ鉄道博物館」が有名です。現在アンバラワ鉄道博物館となっている建物は1873年にオランダ東インド会社により建設されインドネシア最初の鉄道路線の駅として開業した「ウィレム駅」で、軍事物資、軍人、大規模農園で栽培された収穫物などの輸送運搬が主要目的だったとのこと。ウィレム1要塞にもオランダ東インド鉄道会社の兵舎が設けられていたのだそうです。そしてその後、刑務所や少年院、日本軍政時代には強制収容所として、インドネシアの独立後には現在のインドネシア国軍の前身である人民治安団の軍事基地としても使用されていました。
このようにインドネシアの歴史において数えきれないほど膨大な数の人々の魂を包み込んできた巨大建築も年月が過ぎ老朽化が進んでいきました。風雨にさらされて崩れかけた剥き出しの赤レンガ、巨木の根までが張り付き草むらと一体化したようなその姿はいつしか巨大廃墟そのものに。それが、修復工事が終了し生まれ変わった観光地として2025年11月17日に一般公開・入場が開始されたのです。
白く塗られお化粧直しした壁、哀愁漂う鉄格子付の窓も石畳の歩道も来場者を歓迎しています。数々の建物が点在していますから、敷地内を歩くのもひとつひとつの建物内をぐるぐると歩くのもまるで迷宮です。建築当時の要塞全容はどんなものだったのか、この離れている建物はかつての何だったのかなどイマジネーションも掻き立てられます。
別途入場券が必要なゲートの向こうはクラッシックカーが陳列されているエリア。ワンランク上のインスタ映え写真が撮影できるというところで、これには廃墟好きさんだけではなく乗り物好きさんも大興奮、家族連れもカップルも大喜びです。
鉄格子越しの景色に目をやり、山からの涼しい風に吹かれる、旅情に浸り遥か昔を想像してみるこの場所はかつて歴史上の暗黒の舞台になったこともあるでしょう。それでも、こうして誰もが楽しげに声を上げ明るい笑顔で写真撮影に熱狂している様子にそんな重い気持ちも吹き飛びます。何はともあれ現代インドネシアではこれもひとつの正解の形。現代に蘇ったウィレム1要塞に皆さまもぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。(旅とアートのクリエーター 水柿その子 写真も)
◇この記事へのお問い合わせ
sonokomizugaki@gmail.com

























紙面・電子版購読お申込み
紙面への広告掲載について
電子版への広告掲載について