中部ジャワに残る灌漑の知恵 ブク・レンテン水道橋とマタラム運河
世界の中でもインドネシアは最も水と緑に恵まれた国のひとつだと何かで読んだ記憶があります。山々から流れ出る水源は川となり大地を削って独特で複雑な地形を形作ります。多様な動植物を育み人々の暮らしを潤す水、様々に変化した土壌はそれぞれの土地でどっしりと生命を包み込み、地下の化学燃料や鉱物資源はインドネシアの経済発展を支えています。まさに命の水と母なる大地。一方で深刻な豪雨や洪水などの被害も発生しており、恩恵ばかりではないことも改めて肝に銘じる水や自然との付き合い方。今回のおすすめ観光情報はそんな豊かな水源を大規模農場経営や庶民の暮らしに還元した中部ジャワの灌漑システム、ブク・レンテンの水道橋構造とマタラム運河を紹介します。
ジョグジャカルタ特別州スレマン県に位置する「ブク・レンテン」はオランダ統治時代の1909年に建設された水路です。オランダ植民地時代の1860年代頃からジャワ島を中心にインドネシア各地で行われていたサトウキビの大規模農業と製糖産業により中部ジャワにも数多くのサトウキビ農園がありました。この水路もサトウキビ農園に安定した水量を供給するために建設されたのだそうで、1909年に建設された当時は、1893年から1899年までオランダ領東インド総督を務めたファン・デル・ウィック総督にちなんでファン・デル・ウィック運河と呼ばれていたそうです。
見どころはインドネシアでは非常に珍しい水道橋になっている構造部分。水道橋と言えばヨーロッパ各地に現在も残るローマ水道が思い浮かびますが、オランダの伝統的な灌漑様式である重力式技術を用いて建設されていて、アーチ状の水道橋を中部ジャワの農村地帯で見られることが驚きです。水道橋のアーチの下には渓谷と川、車が通過出来る道路があり、その先の農地へと繋がっています。水路の幅は約2・5メートル、高さは列車のトンネル程度の約4メートル、深さは2~3メートルほど。水道橋には階段があり登ってみると水がごうごうと流れている様子を実際に見ることもできます。地面に溝が掘られた運河や水路はジャカルタでも、無論オランダでも見ることはできますが、水道橋に流れる水がこうして見られる場所は希少で感慨深い経験です。(灌漑だけに…)。
「長く続く水路」という意味があるという「ブク・レンテン」は現在も地域の農業や暮らしを支える運河として維持されていて、2008年11月11日にはジョグジャカルタ特別州政府によって文化遺産に指定されました。
1942年に着工され1944年に完成したのがこの「ブク・レンテン」の延長のマタラム運河と呼ばれる用水路です。日本軍政時代、当時のスルタンであるハメンクブウォノ9世が強制労働を回避するために日本軍に灌漑用水路建設を提案、承認され建設されたとジョグジャカルタのフレデブルグ要塞博物館では紹介されています。きれいに整備され、まっすぐに延びた道路と並行して流れる運河は爽快でのどかな田園風景に秩序を与えています。水路周辺の環境も保たれていて地域の人々も関係者の皆さんも水と環境を守り大切にしていることがわかります。
現在、全長約30キロメートルを超えた「ブク・レンテン」とマタラム運河は、ジョグジャカルタの主要な灌漑水路のひとつとして、1万5千ヘクタール以上の田園や農地に水を提供しているそうです。インドネシアに残る運河大国オランダの灌漑技術と日本軍政時代の歴史背景の考察。興味のある方には響く一風変わった観光スポットを歴史散策してみてはいかがでしょうか。(旅とアートのクリエイター 水柿その子 写真も)
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