【人と世界/manusia dan dunia】 出会いに恵まれた人生 インドネシアで30年 日本語教師 森田安子さん

■大阪からジャカルタへ
 1981年8月、1歳の一人娘と一緒にインドネシアの地に降り立った。東ジャカルタのハリム・プルダナクスマ空港に到着すると、空港内には野良猫がたくさんいた。入国審査の部屋は電球が一つだけ。周りの人の顔を見ることができないくらい暗かった。これがインドネシアとの初めての出会いだった。
 「誰かに言われてインドネシアに来たわけではない。自分の意志で来た」。大阪で出会った夫と71年に結婚し、大谷女子大(現大阪大谷大)で英語教師として教えていた。繊維メーカーに務める夫のインドネシア駐在に伴い、来イした。
 娘を連れて行くことに周囲から心配の声が上がったが、「子どもと父親が離れ離れになるのは絶対にダメ。家族は一緒にいることが大切だと思った」。

■医療や日本語に苦心
 当時のインドネシアは日本語が話せる医者はいたが、医療整備は整っていなかった。知人から英語のできる小児科医・ガンビーロ先生を紹介してもらった。娘が日本人学校に入学した時は日本語がほとんどできなかった。しかし、当時の担任だったスミ・トビン先生がひらがなやカタカナを教えてくれたおかげで日本語が上達した。「とても良い出会いに恵まれて子育てができた」

■国際的な付き合い
 来イして3カ月後に国際婦人会(WIC=ウイメンズ・インターナショナル・クラブ)と博物館ガイドを行うガネーシャ・ボランティアズ(現在インドネシアン・ヘリテイジ・ソサエティ)に参加。「せっかくインドネシアにいるのだから、日本人の友だちだけでなく、各国の人々と交流を持ちたかった」
 WICでは、ハビビ元大統領の夫人であるアイヌン・ハビビさんとの出会いが印象に残っている。「帰国子女の教育について助言をしてくれ、自分の経験からすべて話してくれた」。東日本大震災では、毎年恒例のWICのバザーでインドネシアからの寄付を募った。
 ガネーシャでは、日本語ガイドグループ(日本語セクション)を作ったことが思い出に残っているという。80年代当時は、英語とフランス語セクションしかなかった。「日本語でガイドができる人を輩出し、日本人学校の子どもたちにインドネシア文化を教えたい」。04年には日本語ガイドがいないという声に応えるため、国立博物館ガイドの日本語訳作成にも携わった。 

■若者たちと交流
 99年、ダルマ・プルサダ大学の教師に就任。母語が日本語で言語学の修士を取得している森田さんに白羽の矢が立った。弁論大会の練習にも取り組んだ。自分の伝えたいことは何なのか。学生の指導の成果が実を結び、09年、10年の2年連続弁論大会で教え子が優勝。格別の喜びだったという。
 来イする前から日本の大学で教えていたため、若者と交流することは好きだった。「今の日本の学生にはない勉強に対するひたむきさがある。学生たちに会えるだけで楽しい」。功績が評価され、10年にはダルマ・プルサダ大学から表彰を受けた。「今後もたくさんの若者に日本語を教えていきたい」

■楽しんで「常識」学ぶ
 近年、好調な経済を受けて、インドネシアに多くの日本人が訪れるようになった。慣れない国での新生活は大変だが「苦労ではなく、楽しみを」と、この国の文化、人を肌で体感して楽しむ大切さを説く。
 インドネシアでの常識を一つ一つ生活の中から学んできた。「郷には郷に従え」というが、その郷は日本人の郷。「日本人の常識は日本の外では常識ではない」
 縁があって来たインドネシア。「これからも人との縁や出会いを大切にしていきたい」と微笑んだ。(小塩航大)

※追記(2012年10月11日)
ガネーシャ(ヘリテイジ)について、誤解を招く記述と誤りがありました。
 ガネーシャ(今のインドネシアン・ヘリテイジ・ソサエティ)について、森田安子さんらが1980年代に立ち上げたのは日本語セクションで、同セクション内に日本語ガイドのほか、翻訳などさまざまなグループがあります。英語が共通語の同組織で、他言語での活動も進めようと、実質的にはフランス語セクションに次ぐ、2つ目のセクションとして開設されました。
 また、当該記事中で触れられている80年代のインドネシアの医療事情については「日本語が話せる医者はおらず、医療設備も整っていない」を「日本語が話せる医者はいたが、医療整備は整っていなかった」、東日本大震災後の支援については「東日本大震災では、WICでバザーを開催し、インドネシアからの寄付を募った」を「東日本大震災では、毎年恒例のWICのバザーでインドネシアからの寄付を募った」にそれぞれ訂正しました。

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