金融当局「簡素化で効率向上」  ルピア単位切り下げ案 下落で計画様子見 デノミ特集

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の中で、2番目に額面の大きい紙幣を持つ通貨インドネシア・ルピア。財務省と中央銀行は2012〜13年初頭にかけ、当時の安定したインフレ率と為替相場を背景に、ルピア単位を3ケタ切り下げるデノミ政策を提案した。その後の下落で計画は見送られたが、中銀は経済活動の効率化とASEAN経済統合をにらみ、再提案の機を模索している。金融当局が「ルピア単位の簡素化」と強調し、7〜8年の中長期視点で検討しているデノミ政策案とは、どういうものなのか。   

▼ 14年実施の風説
 1997年のアジア通貨危機でASEANの中でも著しく暴落し、ケタ数がさらに膨張した通貨ルピアは、取り引き、財務管理での煩雑さが問題視されてきた。銀行界出身で10年5月に就任したアグス財務相(当時)は、在任中の経済成長率が年6%越、インフレ率が年6%台から4%前後に沈静化、ルピアの堅調傾向―などを好材料に、中銀と協調しルピア単位の切り下げを提唱してきた。
 しかし、経常収支赤字を要因とした12年下半期からのルピア安傾向は13年に入っても止まらず、同年7月には1米ドル=1万ルピアを割り込み。デノミ議論は鳴りを潜めた。同5月に中銀に移ったアグス総裁は、ルピア安の歯止めを最優先とし、デノミについては「現在は適した時期ではない」「成功のカギは、経済の安定性と順調な成長だ」(今年1月)と慎重姿勢を保っている。
 だが在留邦人の一部で昨年末、ネットを通じて「14年初からデノミ実施」との情報が拡散。日本の有名ガイドブックの最新版にも「インドネシア中央銀行では14年にデノミを計画」と明記されている。ソース記事は、米金融ニュース社の日本語版(12年12月)とインドネシアのニュースサイト(13年7月)で、いずれも古い情報が独り歩きした格好だった。

▼ 周辺国と隔たり
 デノミ議論が下火になったものの、中銀は好機が再来した場合に備え、検討作業を進めている。デノミを提案し始めた10年以降、「通貨単位変更特別チーム」を設け、構想案を練っている。
 同チームによると、財務省との合同セミナー(13年1月)で示された素案を現在もたたき台として検討。3ケタ=千単位を切り下げる案で、例えば10万ルピアは新紙幣では額面百ルピアとなる。
 ASEAN内で、最も大きい単位紙幣はベトナムの50万ドンで、これに次ぐのが10万ルピア札。1万シンガポールドル札、マレーシアの百リンギット札と大きくかけ離れている。対米ドルレートでも、1.27のシンガポールドル、3.28のリンギットと比べ、1万1000水準のルピアは「安い通貨」というイメージが市場で定着している。こうした現状は、15年に目指されているASEAN経済統合の支障になると中銀は懸念する。

▼ 市場では視野外
 各国で国家債務の肥大化が問題視され、日本を含む世界的なデノミ議論の高まりの中、インドネシア中銀は、他国が実施してきたハイパーインフレ抑制のためのデノミではなく、「ルピア単位の簡素化と経済効率」を前面に出している。
 デノミがもし行われれば、日系企業にも経理、輸出入、資産管理などの面で影響はまぬがれない。実施の可能性は高いのか。
 三菱東京UFJ銀行ジャカルタ支店の林哲久・副支店長は、ルピア安が続いてきた中で、政府の最優先策はルピア相場の安定だと指摘。市場のスコープ(視野)からは、数年前に浮上したデノミ論は除外されているとしている。
 またこの時期に、政府や中銀がデノミを唱えたりすれば的外れであり、「ルピア不信を招きかねず禁句に近い」とし、市場は通貨価値の切り下げと捉え、売り込まれるおそれがあるとみる。ただ、将来的には適当な時期にルピア単位を簡素化する必要性を付言した。

■財界、国民の理解 重要
 成功したと評されるトルコ・リラの単位切り下げ策を一モデルとしている。4段階からなる。
 ①「現行通貨」と、単位を切り下げた「新通貨」の発行・併用(額面以外、デザインはほぼ同じ)。
 ②「新通貨」のみに使用限定し、旧通貨を回収。
 ③「新通貨」と、絵柄を変えた「新デザイン通貨」の発行・併用(額面は同じ)。
 ④「新デザイン通貨」のみに使用限定し、「新通貨」を回収。
 トルコ・リラでは併用期の①、③が各1年間だった一方、ルピアは2〜3年と長期間を検討している。
 ①の期間には、価格表示での併記を義務付ける(例:Rp5000とRp5)。
 財務省や中銀は、千単位を省略した価格表示は、業界によっては慣習化されていると根拠を挙げている。例えば、多くのホテル・高級レストランでは既に定着。庶民の日常生活にかかわりが深い伝統市場においても、牛の取引では3ケタを省いた価格表示が一般的だとしている。
 実施においては▽政府、国会、経済界を含め全国民からの強い支持、▽関連法成立による十分な法的根拠、▽経済、政治社会の安定した時期―といった条件が不可欠だと強調する。
 デノミ法(ルピア価格変更法)案は既に12年末、国会に上程。特別委員会も即設置されたが、ルピア下落で審議は宙に浮いたままだ。
 法案や行程表ができているにもかかわらず、関係者が慎重になる理由は、景況の不透明性だけではない。50〜60年代にルピアの「価値」自体が切り下げられ、国民に大混乱をもたらした苦い歴史があるからだ。

■「価値切り下げ」の悪夢 サネリング 
 スカルノ初代大統領は3回、サネリングsanering(オランダ語で、再編・削減)と呼ばれる、財・サービスに対するルピア購買力・価値切り下げをした。
 金融当局は「現在検討しているデノミは過去のサネリングとは全く異なる」と再三にわたり説明。十分な時間をかけ、国民に周知していく考えだ。
 最初のサネリング実施は1950年で、かつてのオランダ植民地政府が発行し、流通していた5ルピア紙幣を半分に切る措置を強行。左片は約3週間以内に2・5ルピアの新札と交換するよう義務付けた。右片は国債に強制転換。銀行口座にも同様の措置がとられ、国家による事実上の財産没収だった。この政策は、当時の蔵相の名を冠して「シャフルディンのはさみ」と称される。
 59年には、急激なインフレに対処するため関連法に基づき施行。500ルピア札と千ルピア札の「価値」を10分の1に切り下げた。500ルピア札を持っていても、市場では50ルピア価格の物品しか購入できなくなった。口座は、2万5000ルピア以上を凍結。発表は土曜に国営ラジオのみを通じてされたため、知らなかった国民の大半がパニックになった。
 65年12月には大統領令に基づき突如、ルピア単位の3ケタ切り下げを実施。千ルピア札に替わる新1ルピア札を発行した。当時、併合を狙っていた西イリアン(現パプア、西パプア両州)を含めた「国内全地域の通貨統一」を大義名分としたが、実情はオランダ、マレーシアとの軍事衝突危機の高まりなどで物資が不足、650%のハイパーインフレが進んでいた。
 歳出拡大政策でも、65年の財政赤字は国内総生産(GDP)比63%にまで深刻化。切り下げは突然だったため効果はなく、物価は倍になり、ルピアの価値は半減。専門家らは、サネリングの一つと捉えている。
 こうした過去例は、98年に預金封鎖の事態に陥ったロシア、過剰な財政支出を続けたジンバブエなど、デノミ失政国と似た点がある。国会議員や経済界の中には、ルピアのデノミが「サネリングの再来では」と警戒心が強い。
 中銀も、デノミをきっかけとした通貨下落だけは回避したく、「ルピアに対する市場の信用維持が最重要だ」(通貨単位変更特別チーム)と神経をとがらせている。(前山つよし)

 ◇デノミ 通貨単位の変更。新旧貨幣の併用期には、財・サービスも価格併記の措置が取られるため、理屈上は通貨の購買力は変わらない。急激なインフレ後に実施されるケースが多く、信用面から為替相場で価値が下がったり、国によっては新旧貨幣の交換を制限することがあり、いわゆる「紙くずになる」と連想されやすい。

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