昼すぎ、市場の一角で 鶏のと殺現場ルポ

 日本では世間の目に触れないと殺、あるいは鶏肉「加工」の現場。インドネシアでは伝統市場の一角でやっている。
 男が両羽のつけ根を掴むと鶏は動けない。刃物ですうと首筋をひっかいた。余分な力を込めない職人の所作。血が少し飛び、仕掛けが壊れたように鶏はばたばたする。黒い樽に投げ入れた後ももがき続けたが、緩慢に勢いが失われ、数秒後には樽の揺れはなくなった。
 南ジャカルタの伝統市場パサール・クバヨラン・ラマ。鶏の処理場は商店風の開けた造り。野菜屋や魚屋と同じ並びの、人通りの多い場所にある。
 この道10年、鶏肉屋のブリイさん(37)は黒い樽をひっくり返した。水が張ってある床に、鮮血で真っ赤に染まった鶏の体八つが柔らかく横たわる。ブリイさんがそれぞれの足を束ねて宙づりにすると、血がどろりと床に落ち、力が抜けきっていた。
 釜の熱湯に突っ込み、中腰になって、ゆっくりと足を回した。顔に玉の汗。3分後、ほぐれた体のお湯を切ると、平たい桶に移しかえる。
 ブリイさんが壁のスイッチを押した。中国製の脱羽機は回転し、かき氷機のようなやかましい音を出した。無数の黒いゴム製のボツボツが、羽をむしり取る。「湯に漬けると、毛が抜けやすくなる」とブリイさん。あっという間に、体はスーパーマーケットにあるもののように、白くてつるつるになる。
 妻のアトゥンさん(36)が残った羽をむしりとり、包丁で後尾部に切れ込みを入れる。手のひらを入れてまさぐると、ずるっと臓腑が出た。横にいる男性が手際よく腸と肺、心臓に分ける。「腸は1キロ1万ルピア(約80円)、心臓と肺のセットが一つ2千ルピア(約16円)で売れる」そうだ。
 鶏肉もこれで完成した。1羽がさばかれるまでものの10分。1羽4万ルピア(約360円)で1日約50羽ほど売れるという。夕方にこの作業を行い、夜から明朝まで近隣の市場で売る。過酷な仕事だ。
 人々が通りすがる。夫婦は寡黙に作業を続けた。隣には、西ジャワ州ボゴール県から届いたプラスチックのかごが山積み。中には数十羽の生きた鶏が待っていた。(吉田拓史、写真も)

おすすめ過去記事 の最新記事

関連記事

本日の紙面

JJC

人気連載

天皇皇后両陛下インドネシアご訪問NEW

ぶらり  インドネシアNEW

有料版PDFNEW

「探訪」

トップ インタビュー

モナスにそよぐ風

今日は心の日曜日

インドネシア人記者の目

HALO-HALOフィリピン

別刷り特集

忘れ得ぬ人々

スナン・スナン

お知らせ

JJC理事会

修郎先生の事件簿

これで納得税務相談

不思議インドネシア

おすすめ観光情報

為替経済Weekly