モットーは「常に学ばせてもらう」 国際交流基金 高橋裕一所長

 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長に高橋裕一さん(53)が就任した。「日本の友人を増やし、世界との絆を育む」。基金が掲げるこのテーゼを軸足とし、次代を見据えた日イ間を結ぶ文化交流の発展を目指す。底流を支えるのは、自らの野球人生を通じて学んだ「常に学ばせていただく」という姿勢だ。ジャカルタ勤務は3回目。あの〝熱血漢〟が帰ってきた。

 同センターで最も大切なプロジェクトのひとつに「日本語パートナーズ」がある。事業が始まったのは2014年。高橋さんはその準備室時代からひとり始動に向けた構想を練り、新しい双方向関係を日イ間に作ろうと約8年にわたって関わってきた「思い入れ」がある。
 ところが、外務省の事業計画では2020年度で日本語パートナーズは終了する。しかし、実際の派遣業務を行う国際交流基金としては、まいた種がようやく芽吹き始めたところ。高橋さんにとっても送り手から受け手に回った今回、まさに「チャレンジの好機」なのだ。
 「インドネシアで日本ファンを増やしたい。日本でもインドネシアファンを増やしたい」。そんな思いから3度目の勤務に臨む高橋さん。在任中は日本語パートナーズの幕引き役ではなく、人的交流の発信基地として継続事業となるよう、関係各方面に訴えていく重要な責務を担っている。
 過去2回の赴任を振り返れば、走馬灯のように記憶が蘇ってくる。
 1回目は、休眠状態にあったインドネシアの「日本語教師会」の活性化を側面支援。教育文科省と連携して日本語の副教材を作り、日本語学習を実施する全国の高校に届けた。
 いわゆるジャカルタ暴動(1998年5月)では、大使館の指揮下で9000人を超える在留邦人の国外退避にも関わった。
 2回目の赴任では、経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護士・介護福祉士の候補者に対する6カ月間の日本語研修が始まった。鳥インフルエンザへの対応で、タミフルやマスクなどの確保に走る日々もあった。
 そして7年ぶりとなる今回のインドネシア。その第一印象を聞けば、「街が整備され、MRTが開通し、スディルマン通りを人が歩くようになった。これは衝撃だった」。
 しかし、姿勢は変わらない。野球人生を通じて心身にしみこんだ「後輩であっても、グランドに入ったらいい選手であれば敬意を抱け。常に学ばせてもらえ」という信念を貫く。謙虚に。しかし粘り強く。高橋さんの新しい挑戦が始まった。

 たかはし・ゆういち 67年1月生まれ。千葉県市川市出身。中央大学経済学部卒。鷺宮製作所に公式野球部採用。90年、大洋ホエールズの入団テストを受けるため退社。契約には至らず、91年から国際交流基金。本部人物交流部などを経て96~2001年、07~13年にジャカルタ勤務。20年1月から現職。趣味は野球。単身赴任。(長谷川周人、写真も)

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