現場に出て、役に立つ存在に ジェトロ 鈴木啓之所長
日本貿易振興機構(ジェトロ)ジャカルタ事務所の鈴木啓之所長(52)が8月に赴任した。日イ国交樹立60周年を迎える中で、両国を取り巻く状況は変わり、ここ数年は、ボタンの掛け違いを懸念する声も上がっている。両国経済の最前線に立つ鈴木新所長に聞いた。
■成長の現場にワクワク
「カナダから戻って2年、まだ海外はないだろうと思っていた」。インドネシアへの辞令を聞いて正直驚いたと語る鈴木さん。しかし、日本やカナダとは異なり、インドネシアは成長真っただ中にある国。「その成長の現場に直接向き合えるのは、とても刺激的でワクワクする」と語る。
赴任から約3カ月、「若者が多く、街に勢いがある」との印象。始業前にラジオ体操をする人々、音楽やコスプレなど日本の文化を愛する若者、そしてモールには多くの日本食レストランがあり、にぎわっている。「日本が好意的に受け入れられ、浸透している国」と改めて実感したという。
■被災の現場で
鈴木さんは2012年から内閣府原子力災害現地対策本部に出向、福島県の12市町村を担当し避難先での住民説明会に通い続けた。前任者は説明会で子どもの尿を手にした親に「安全かどうか検査しろ」と追い掛けられたとも聞いており、「正直なところ、当初は気が重い任についたと思ったこともあった」という。
しかし、現場で住民と向き合ってみると、「平和に暮らしていた人たちが、ある日突然、その生活を奪われ、不安の中に投げ込まれた。不信感を持って当然で、怒ったり、泣いたり、声を荒げたり、彼らの立場からすれば当たり前」と自覚する。それから、できる限り向き合って話をする機会を設け、耳を傾け、こちらから情報を共有し、率直に話すことを心掛けた。
「要望を全て受け入れることはできず、全て納得してもらえたわけではないと思う。しかし、自分のなすべきことは、彼らの気持ちに寄り添い、できるだけ受け止め、くみ上げて、少しでも前に進めていくこと」。そう意識して取り組んだと鈴木さんは振り返る。
■ポスト60周年の日イ関係
「インドネシアへの進出はハードルが高いという話をよく聞く。世界第4位の人口を有するポテンシャルの高い市場で、これほど日本に親近感を持っている国なのに残念」と鈴木さん。
「ジェトロは、現場に出る。企業に近いところで話を聞き、問題を把握する。厳しいビジネス環境と言われる中でも、少しでも前に進めるような知見やきっかけを提供できる存在を目指す」。また、日本大使館やジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)、日系企業の協力を得ながら、当地のカウンターパートに環境の改善や協力関係の深化を働きかけていきたいとする。その上で、「他国と同じステージで争うのではなく、日本への信頼と強みを生かし、問題解決型のイノベーションなどインドネシアの力だけではできない分野などでの貢献を進めていく」。「ポスト60周年。日イの新たな相互協力関係を築きたい」と力を込めた。(太田勉、写真も)
すずき・けいし 91年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻修了、通商産業省(現経済産業省)入省。通商政策局や貿易経済協力局、国際協力銀行、ジェトロ・シンガポール事務所、内閣府原子力災害現地対策本部などで勤務。その後、復興庁福島復興局次長、在カナダ日本大使館参事官、ジェトロ知的財産・イノベーション部長、経済産業省貿易管理課長を歴任。18年8月より現職。52歳。さいたま市出身。