小さき民へのまなざし 書評「サストロダルソノ家の人々 ジャワ人家族三代の物語」 ウマール・カヤム著(後藤乾一・他訳) 評者・小川忠国際交流基金東南アジア総局長

 ジャカルタ近郊ブカシの一角に、ジャカルタ中から集められたゴミが山をなしている地区がある。そこでごみ処理に従事する労働者たちの児童に、日系企業の幹部であるスギトさんやリスカさんが週末ボランティアで日本語を教えていると聞いて、教室をのぞかせてもらうことにした。子どもたちが、先生の指示にしたがって日本語の表現を懸命に練習している。ここには、学ぶ喜びがあふれている。
 「日本語を学んで、開かれた世界を知ることで、貧しい子どもたちに夢をもたせたい」とスギトさんは言う。この日本語教室の情景は、インドネシア社会のあちこちで始まっている、「世の中のお役に立ちたい」という志をもつ市民による、社会の絆を作ろうという模索の一シーンである。
 この国で育ちつつある、市民社会の連帯の拡がりを考える時、その源流を探る上で重要な手がかりとなるのが、最近刊行された『サストロダルソノ家の人々 ジャワ人家族三代の物語』だ。現代インドネシア文学を代表する作家ウマル・カヤムが1992年に発表した『パラ・プリヤイ 一つの小説』の全訳である。
 「プリヤイ」とは元々ジャワの宮廷貴族を意味したが、オランダ植民地体制において行政官僚に変質していったエリート層を指す。訳者の一人である早稲田大学の後藤乾一教授の言葉を借りれば、「本書は20世紀初め以降、1965年9月30日事件の直後までのインドネシア近現代史の激動の時代を背景に(中略)、『インドネシア人』としての自己発見の模索の旅を、骨太にして繊細な筆致で活写した作品」である。
 貧しいジャワ農民の息子として生まれた主人公サストロダルソノは、両親や周囲の人々の励ましにより、苦学しながら植民地政府の学校を卒業し、政府が運営する村の学校の補助教師となる。まだ義務教育制度のなかった時代、教師となることは、知識人=プリヤイの末端に仲間入りすることにほかならない。
 プリヤイは社会の貧しき民に奉仕する「高貴なる義務」をもつと信じ、村の子どもたちの教育に情熱を傾ける主人公の姿は、冒頭で紹介した現代インドネシアの市民活動の担い手たちに重なる。
 主人公とその妻は、三人の子どもをもうけ、家族三代の物語が展開されていく。長男のヌグロホは、日本占領期、郷土防衛義勇軍中団長となり、その後独立運動で陸軍大佐に昇進する。退役後は国営企業の幹部として出世していく。その子トミーは、甘やかされて育ちわがままなふるまいでひんしゅくを買う。他方、二男の長兄は、共産党系の文化団体に関係し、9月30日事件で拘束される。オランダ植民地時代、日本占領期、独立戦争、スカルノ体制、9月30日事件、スハルト体制といったインドネシア現代史が、主人公一家の群像を通じて描かれていくのである。
 評者は、かつて拙著『インドネシア 多民族国家の模索』(岩波新書)のなかで、小説にこめられた作者ウマル・カヤムのメッセージを紹介した。スハルト体制全盛時代にあって、インドネシア独立時に掲げられた民主精神は色あせ、社会の民主化をこばむ保守的思考に固まった新貴族(プリヤイ)が登場しつつあることに、作者は警鐘を鳴らしたのである。カヤムは、真の「プリヤイ」たる者は、家柄や財力ではなく「小さき民」へのまなざしを持つ者であると強く訴えていた。
 このメッセージは、民主化が進み、社会の中流化が進行する現在のインドネシアにとっても忘れてはならない、2002年に世を去ったカヤムの次代のインドネシア国民への精神的贈り物であろう。
 最後に付言しておきたい。「インドネシアの心」を深く知る上で、文学作品を読むことは最も有効な手段の一つである。にもかかわらず、欧米文学に比して、東南アジアの文学が邦訳され、一般読者の目に触れる機会は依然として限られている。大作『パラ・プリヤイ』の全訳に挑戦した翻訳チームと、地道に東南アジア文学を出版してきた段々社に敬意を表したい。

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