闘争民主党のジレンマ
先月末に国会前で繰り広げられた大規模抗議デモは、民主主義の救済を訴える市民勢力のパワーを国内外に見せつけた。その結果、11月の統一地方首長選挙に新たな希望が生まれた。立候補条件が緩和され、地方議会で20%以上の議席割合を有さない政党でも候補者を出せるようになった。
これでジャカルタ特別州の知事選でも、次期プラボウォ政権を支える与党連立が擁立するリドワン・カミル前西ジャワ州知事への対抗馬を出すことが可能になった。このルール変更がなければ、ジャカルタの有権者は選択の余地がほぼ皆無の選挙を強いられたであろう。
期待は、プラボウォ政権への参加を拒んできた闘争民主党に寄せられた。同党が独自の対抗馬を出すことで、選挙に競争が生まれるからだ。さらに、世論人気でカミルを上回るアニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事を、同党が擁立するかどうかに注目が集まった。
先の大統領選挙のしがらみを超え、闘争民主党とアニスが共闘する。その勢力が与党の暴走に歯止めをかけ、健全な民主主義を取り戻す。そういう展開を期待する世論も大きかった。
しかし闘争民主党の最終決定は違った。彼らが擁立したのは同党幹部のプラモノ・アヌン内閣官房長官。なぜアニスを避けたのか。なぜプラモノなのか。同党のジレンマが見えてくる。
同党の内部は対立していた。アニス擁立に積極的だったのは、党のジャカルタ州支部だ。彼らは、過去2回の州議会選で大きく議席を減らしており、強い危機感を持つ。アニスを取り込んで州知事選に勝つことで、5年後の州議会選での支持率アップと議席増加を期待した。
他方で、信念的にアニスを受け入れられない党中央幹部がいる。彼らは2017年の州知事選で、アニス陣営がイスラム勢力を動員して当時のアホック州知事を攻撃した過去を忘れていない。アホックと彼の周辺は、アニス擁立を「機会主義」と反発する勢力だ。選挙に勝てばよしではなく、政党として重要なのは信念の一貫性だと説く。
この2つの路線が対立するなか、メガワティ党首の決断は、人気でカミルに勝るアニスやアホックではなく、世論調査のレーダーにも掛からなかったプラモノの擁立だった。この政界を驚かせた決断は、彼女が今後の行方を極めて現実的に見ていることを示唆している。
まずアニス擁立は、ジョコウィ大統領とプラボウォ次期大統領の強い反発を招く。両者は5年後に再度アニスが大統領候補となる可能性を潰したい。そのアニスを担ぐものなら、メガワティ周辺に政権からの相当な圧力が掛かる。
また好戦的なアホックが出馬すれば、ジョコウィ批判を大々的に展開することが容易に想像される。それに対しても、党は政権からの強い圧力を受けることになろう。
つまり、プラモノ擁立は政権からの圧力回避策だと言える。彼は内閣官房長官としてジョコウィに仕え、プラボウォ国防大臣とも親密だ。メガワティにとって、政権との貴重なパイプ役である。彼を州知事選に出すということは、政権に対抗する意思はないというメッセージが込められている。
であれば狙いは和解にある。勝敗は二の次だ。ただ、その党戦略は、先の市民運動の期待とは大きくかけ離れている。そのジレンマが党に重く伸し掛かっている。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)