アニス外しの政治
今月27日、いよいよ統一地方首長選の立候補者登録が始まる。投票日は11月27日。全国各地で候補者選びの政治駆け引きがヒートアップしている。その象徴がジャカルタであろう。
首都移転はあるにせよ、ジャカルタは依然としてインドネシアの中心だ。ジョコウィ大統領のように、ジャカルタで州知事を経験して大統領になるケースは、今後も想定される。誰が次の州知事になるかは、政界エリートの大関心事である。
世論での一番人気はアニス前ジャカルタ特別州知事だ。先の大統領選でも、ジャカルタでの得票はプラボウォと僅差の接戦だった。当然、大統領選で彼を擁立した3政党(ナスデム党、民族覚醒党、福祉正義党)は、アニスを州知事選で担ぐ姿勢を示してきた。
そのアニスに対抗するのは誰か。彼に勝てる候補はいるのか。そういう図式の選挙力学が自然に働いていた。しかし今、その流れを変える介入が顕著になっている。それが「アニス外し」の政治である。
5年後に彼が有力な大統領候補になることを、ジョコウィもプラボウォ次期大統領も望んでいない。プラボウォにすれば、自らの再選を阻む可能性が最も高いのがアニスだ。ジョコウィも、息子で次期副大統領のギブランがプラボウォを継ぐシナリオを、アニスに邪魔されたくない。
ではどうするか。アニス擁立を公言している3党を剥がしてしまえばよい。ここでアメとムチが発揮する。
ナスデム党に対しては、党首と幹部に対する汚職疑惑の捜査が圧力になっている。アニス支持を取りやめて、プラボウォ政権に参加する。それによって圧力から開放され、同時に政権の旨味も待っている。
民族覚醒党にも圧がかかっている。党の母体であるイスラム団体「ナフダトゥール・ウラマ(NU)」の幹部は、ジョコウィ=プラボウォに近い。そのNUが今、「党の現執行部は暴走している」と批判を強めており、特別委員会を立ち上げて責任追求する構えを見せている。党とNUの対立激化は、党首退陣の圧力に発展しよう。党幹部には、アニス支持をやめ、プラボウォ政権に参画するほうが賢明だという声が強まっている。
福祉正義党も、早くからアニス擁立を宣言してきたものの、ここにきて方針転換を模索している。プラボウォ政権への誘いが理由だ。アニスを手放すかわりに、与党連合が擁立予定のリドワン・カミル(前西ジャワ州知事)とペアを組む副州知事候補のオファーも得た。党幹部としては、政権入りして権益を広げる魅力は大きく、今ほど高値でプラボウォに売り込めるときはない。
以上の政治駆け引きの結果、3党がアニス擁立を撤回した場合、何が起きるか。闘争民主党が党員でもなくイデオロギーも異なるアニスを擁立する可能性は低い。また、同党は単独で候補を擁立できるだけの議席数を州議会で持っていない。結局、アニス不参加、そして闘争民主党も候補を出せないというシナリオが現実味を持ってくる。
エリート談合の末、“候補者はカミル一人”みたいな選挙は、有権者への冒涜(ぼうとく)でしかない。政党利権の論理で、有権者に示される選択肢が極端に狭められることは、民主選挙として本末転倒であろう。そういう不信が高まらないことを願うばかりである。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)