プラボウォ現象
大統領選挙まであと8カ月。ここにきて新しいトレンドが定着しつつある。それは先頭ランナーの交代だ。昨年来、ガンジャル中部ジャワ州知事が、次期大統領候補として各種世論調査でトップランナーを走っていた。ところが今年4月以降、その座をプラボウォ国防相に奪われるようになっている。なぜ彼の支持率上昇が定着するようになったのか。
最大の理由は、これまでジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)を支持してきた有権者が、徐々にガンジャルからプラボウォ支持にシフトしているからである。具体的にその力学を考えてみよう。
現政権に対する世論の支持率は約80%と高く、不満だという声は約20%だ。この20%の反ジョコウィ層は、前回の大統領選でプラボウォを支持したと考えられる。そして今、その20%の反ジョコウィ層が期待するのがアニス前ジャカルタ特別州知事で、どの世論調査もアニス支持率は約20%だ。
つまり前回選挙で45%の得票率で敗北したプラボウォは、今20%を失い、彼の岩盤支持層は25%程に縮小している。しかし、選挙後に国防相として入閣した彼に対して、ジョコウィ支持層からの信頼が高まった。
ジョコウィは、前回選挙で55%の得票率で勝利している。その大部分がガンジャル支持であったものの、今では20%近くプラボウォ支持に流れており、彼は岩盤支持層の25%に、新規のジョコウィ支持層の20%を加えた45%程度の支持率を世論調査で叩き出すようになった。逆にガンジャルは、ジョコウィ支持層の残り35%を受け継ぐものの、プラボウォにトップランナーの座を譲ることを余儀なくされた。
さらに3候補者の関係で面白いのは、アニス支持層とガンジャル支持層が相手を批判すればするほど、浮動層がプラボウォに傾くという力学だ。「ガンジャルはソーシャルメディアのパフォーマンスばかりだ」とか、「メガワティの人形だ」といった誹謗がアニス支持層から放たれるが、それに感化されてガンジャル支持をやめるジョコウィ支持層の行き先は、アニスではなくプラボウォである。
逆にガンジャル支持者たちが、「アニスは急進イスラムで反外資で危険」といったネガティブキャンペーンをやればやるほど、それに影響されてアニスから離れる人たちの行き先は、ガンジャルではなくプラボウォである。
つまり、アニスとガンジャルという両極がバトルを展開することで、その中間に立ち位置を決めるプラボウォに双方から支持が流入するという構図ができつつある。これが4月以降の「プラボウォ現象」の実態である。
また世代間ギャップも重要である。中年より上はガンジャル支持が多く、プラボウォへのアレルギーが強い。しかし今、有権者の約6割は、いわゆるY世代とZ世代だ。特に3割を占めるZ世代は民主化後の生まれで、軍人時代のプラボウォに関する記憶など存在しない。
そういう社会変化に順応するため、プラボウォもイメージ戦略を変えた。前回選挙のような、ロシアのプーチンを彷彿させるストロングマンを売りにすることも、イスラム主義を強く匂わすこともない。「ジョコウィに忠誠を尽くす一途なナショナリスト」的なイメージが売りだ。このイメチェンも、アンチ・アニスとアンチ・ガンジャルの受け皿として機能する。このプラボウォ現象、どれだけ持続するのか。レースはまだ続く。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)