U―20W杯の政治的効果
先月29日、インドネシアのU―20W杯開催権の剥奪を国際サッカー連盟(FIFA)が発表し、多くの国民はショックを受けた。スポーツに政治を持ち込むなという批判が、メディアや世論で高まった。イスラエルの参加を拒否した政治団体は少なくない。政権与党でも闘争民主党や国民信託党、そして開発統一党が拒否を表明していた。
しかし、この事態で一番政治的にダメージを受けたのはガンジャル中部ジャワ州知事だ。なぜなら、彼は次期大統領候補のなかでも、世論の人気はトップランナーであり、他の有力候補者が発言を控えるなか、彼だけが所属政党の闘争民主党の主張に同調し、イスラエル拒否の発言をしたからである。自党のメガワティ党首への忠誠を示せたものの、ネチズンたちの集中砲火を浴びるはめになった。
このことが政局に大きな揺れをもたらしている。ガンジャルへの失望は、支持者離れにつながると思われる。それがどの程度の規模なのか。短期収束するのか、しないのか。今後の世論調査で、その性質がみえてこよう。
ただ確かなのは、今回ガンジャルに幻滅した支持層が、アニス前ジャカルタ特別州知事の支持に流れることはない。アニスの支持勢力は、イスラエル拒否が多いからだ。支持が流れる先は、プラボウォ国防相である。
この力学を察知した連立与党の党首たちは、すぐにプラボウォに接近し、次期大統領選挙で大連合を組む構想を打ち出した。現在プラボウォは、自ら率いるグリンドラ党と、民族覚醒党との2党連合(KIR)を確定している。他方、国民信託党とゴルカル党、そして開発統一党は、3党での連合(KIB)を宣言している。このKIRとKIBを合体させた大連合を形成して選挙に臨もうという構想である。
この大連合の磁石になっているのが、他ならぬジョコウィ大統領である。2つの連合が合体する大義名分は、「次期政権もジョコウィ路線の継続」というアピール以外にない。とくにKIBは、大連合の旗を振ることで、各党首が大統領候補にも副大統領候補にもなれない人気の低さを党内から突き上げられることなく、「大連合の立役者」を演じることが可能になる。こういう党内力学が彼らの原動力となる。
さらに今後、世論のガンジャル不信が深刻化しなくても、KIBとしては、メガワティ相手に交渉力が強まると読んでいる。つまり、ガンジャルを擁立するであろう闘争民主党との連合交渉で、KIBが提示する条件を最大限に飲ませる。嫌がればKIRとの大連合に傾くと示唆すればよい。その意味で、KIBはどちらの連合ができても、各党首のリーダーシップを党内にアピールできるようになった。
ジョコウィも今回のガンジャルへのダメージを注視している。キングメーカーになるためにも、彼はガンジャルとプラボウォの双方にベットしてきた。ガンジャルのダメージが軽く、すぐに回復するようであれば、メガワティとKIBの橋渡しを演じるであろう。逆に回復しないようであれば、KIRとKIBの大連合を背後から指揮するであろう。
彼にとって最も重要なのは、アニス政権の回避である。それさえできれば、ガンジャルであれプラボウォであれ、自分が支持を与えた人物であり、後見人として退任後の政治的保険も確保できる。こういう様々な思惑を持つ政治エリートたちにとって、今回のサッカーイベントは一つの重要なモメンタムになったと言えよう。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)