笑顔の輪を全国に広げたい 横浜・関内 チンタジャワカフェ

 日本国内でインドネシア料理を楽しむ——。一昔前と違ってレストランはめっきり減り、同じ東南アジアでもタイやベトナムの足元にも及ばない。ところが、コロナ禍の逆風を跳ね返し、この10年で5店舗と破竹の勢いで成長するインドネシア料理店があった。「料理に人が集い、そこに笑顔と雇用が生まれる」というオーナー、スリ・アストゥティさんの話を聞こうと、横浜・関内を訪ねた。

 スリさんが経営するレストランは「チンタジャワカフェ」。神奈川県平塚市で2012年に産声を上げた。ジャカルタ出身のスリさんは食べ歩きが大好き。結婚前はインドネシア各地に足を運んできたが、2006年に平塚での新婚生活が始まり、悲しい現実に突き当たった。
 「日本には美味しいインドネシア料理がない。故郷を思い起こすような伝統の味がない。悔しかった」。スリさんは食べ歩きが趣味だが、調理の経験はない。悩んだ末に自らレシピを作ろうと決意。「最初はネットで調べながら。そして食材や調味料を探して駆けずり回った」。
 試行錯誤の日々が始まり、まずパーティー料理のケータリングに挑んだ。「ブブール・アヤム(鶏粥)が食べたくて、食べたくて」。ここから始まったスリさんの料理は口コミで評判となり、2012年、平塚に1号店を開業した。
 「気持ちは同じ。みんなふるさとの味が恋しい。新潟から私のブブールを食べるために新幹線に乗り、食べ終わると新潟にとんぼ返りした女性がいたが、嬉しかった。少しでも役に立てたと思えたから」
 念願の2号店は東京・秋葉原で2019年の開業。以降、20年に横浜の関内店、21年3月は念願の渋谷店を開き、この10月には埼玉・大宮店が開業にこぎ着けた。「実は平塚の次は渋谷を目指した」が、外国人経営者への風当たりは強く、諦めかけていた。
 ところが、コロナ禍が思わぬ追い風となった。在宅勤務が増えた結果、在日インドネシア人の関心は食に向き、売り上げは上昇気流に乗った。断念しかけた渋谷も賃貸物件は買い手市場となり、「ようやく自分の場所が見つかった」。
 店舗が増えれば、働き手が必要だ。「ここに来ればストレスなく母国語で働ける。雇用の提供や利益だけでなく、人が集えば笑顔が生まれる。なにより、それが嬉しい」とスリさん。最近は日本人の元駐在員妻たちが、無給でいいから笑顔の中で働きたい、インドネシア語を忘れたくない、とボランティアの希望者が増えているという。
 「料理を介してインドネシアと日本の間で笑顔の輪が広がってきた。これを日本全国に届けたい。それが私の『夢』です。店名の『チンタ』はジャワの『愛』のこと。お店を拠点として次代に続くファミリーを作りたい」。ブブール・アヤムが原点となったスリさんの挑戦は、まだ始まったばかりのようだ。(長谷川周人、写真も)

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