12年ぶりに帰省実現 バリクパパン 新首都の現状に愕然

 今年のレバラン(断食月明けの大祭)は、12年ぶりで生まれ故郷の東カリマンタン州バリクパパン市にムディック(帰省)した。一口に12年というけれど、この地を離れたのは私がまだ中学生の時。すでに時代が一回りして街並みは一変していた。 

 今回は結婚後初めて、妻と息子を連れての帰省になった。当初は2020年に予定していたが、新型コロナウイルスが感染拡大。政府は厳しい行動規制を敷いて帰省を禁じ、多くのインドネシア人と同様、空路でバリクパパンに帰る術はなかった。
 翌21年になってもコロナ問題が収まる状況はなく、2年連続で政府は帰省にゴーサインを出せない。西ジャワ州ブカシ県チカランにある自宅で、家族とともに悶々としたレバランを過ごす事になった。
 そして昨年の9月ごろだっただろうか。新型コロナワクチンの接種率も上がり、爆発的に広がったウイルス感染にブレーキがかかった。「来年こそムディックを」。妻とともに祈った。
 年が明けると、政府は帰省を容認する方針を打ち出す。人々は満を持して航空券を買いに走った。私も例外ではなかった。まだ休暇申請もしていなかったが、航空券代はうなぎ登りとなっている。「このチャンスを逃したくない」。早々に航空券を押さえた。
 そしてラマダン(断食月)が明けるといよいよ故郷入り。言うまでもなく、両親は大喜びしてくれた。メーンイベントは両親と孫の初顔合わせ。それまでビデオ通話でしか見ることのなかった孫の成長ぶりに両親の顔はほころび、幸福感が漂っていた。
 両親との再会の一時を過ごした後、今度は街中に出てみた。まさに隔世の感があった。空港到着時には一新された施設に驚いたが、実家に向かう道はきれいに整備されていた。20年前のバリクパパンは未舗装路ばかり。けれども都市化が進み、首都ジャカルタのように中心部はどこも大渋滞となっていた。
 ところで、今回の帰省ではある大きなミッションを抱えていた。新首都となる「ヌサンタラ(群島)」の現地取材だ。「ここから車で2時間。あたりは森林地帯だから、行くなら早朝に出発するべき。夜間は街灯もないから危険だよ」。実家近くに住む叔父は、こうアドバイスしてくれた。
 ところがである。ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領はレバラン前の3月中旬、現地に全国の州知事を招集。移転に向けて地鎮祭を行っており、これに向けて突貫工事で新しい道路が整備されていた。
 ただし、すでに記事化した通り、イスタナ(大統領宮殿)の建設予定地は民間の所有地。政府の管轄下にはなく、地元企業が設置した警備員の詰め所に身分証明書を預ける必要があった。しかも警備員からは「ここは観光地じゃない」と冷たい言葉をかけられ、動き出したばかりの首都移動計画の前途に一抹の不安を感じることにもなった。
 少々後味の悪い新首都取材となったが、12年ぶりの帰省では両親に孫の顔を見せることができて嬉しかった。(センディ・ラマ、写真も)

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