震源の村、全員助かった ロンボク地震教訓に避難 中部スラウェシ州ドンガラ県ワランダノ村

 中部スラウェシ地震発生直後、津波が来る可能性があると高台へ一斉に避難し、住民1200人全員が助かった村がある。7月以降のロンボク島地震のテレビ報道で繰り返し伝えられた避難方法を見たばかりで、震源近くにもかかわらず、「地震が来たら高台へ」と行動に結びついた。

 高台に避難して助かったのは、ドンガラ県バラエサン・タンジュン郡ワランダノ村の約280世帯。
 村長のアヒル・マガンシナさん(45)によると、ロンボク島地震後にテレビで放映された地震・津波発生時の避難方法を見て「これだ」と思い、住民にも見るよう勧めていた。「ちょうどロンボクの地震がまだ話題に上っている頃だったので、みんなが見てくれた」と話す。
 実践したのは、大きな地震と感じたら津波発生の可能性があるため、高台へ逃げる▽家族や友人などが集まるのを待たず、一人でも逃げる——の2点。
 9月28日午後3時の地震発生時、住民たちはまずテーブルなどの下に隠れた。地震が収まった後、外に出て村の裏手にある山へ急いだ。海岸や海岸線沿いの道路など外にいた人は、じっと地震が収まるのを待った後、山の方へ走った。テレビで知った避難方法が脳裏にあった。
 漁師アスルンさん(52)は、午後6時2分のマグニチュード(M)7・4の地震直後、海岸付近でヤシの木と同じ高さの津波がパル方面に向かっていくのを見た。
 「ボワン! と大きな音がし、地面が揺れた。約2分後に揺れが止まるのと同時に津波が発生した」
 ワランダノ村はパル市へ向かった巨大津波と反対の方角にあったため、津波は石壁でせき止められ、村内にはわずかしか到達しなかった。午後3時の地震で教会や住宅の一部が損壊し、けが人が出たが、地震・津波で村内に死者はいなかった。今回はロンボク島地震直後でもあり、教訓が村で生かされた。アヒルさんは「今後は災害の避難方法を図や絵にして伝えていきたい」と語った。
 同郡に接し地震で半壊した漁村もあるが、観光地ラノ湖など中央から西部への被害は軽微だった。今回の震災被害は同地域が北限とみられている。(中島昭浩、8面に関連)

社会 の最新記事

関連記事

本日の紙面

イベントカレンダー

JJC

人気連載

イ日写真展10年の軌跡NEW

別刷り特集NEW

有料版PDFNEW

アジア大会

忘れ得ぬ人々

スナン・スナン

お知らせ

企業進出/新規投資

日イ国交樹立60周年

JJC理事会

修郎先生の事件簿

ビジネスマンの護身術

これで納得税務相談

企業戦略最前線

不思議インドネシア

おすすめ観光情報

為替経済Weekly