【スラマットダタン】 歴史に敬意、変化も恐れず トヨタ・アストラ・モーター 中田佳宏社長

 インドネシアでトヨタ自動車の販売を担うトヨタ・アストラ・モーター(TAM)の社長に4月着任した中田佳宏さん(49)。2006〜09年、インドネシアに駐在し、2度目の赴任となる。4月7日のアギアのニューモデル発表会では、インドネシア語でスピーチを始めた。販売シェア36%(16年)の首位トヨタの先頭に立ち約2カ月。中田さんに今後の取り組みを聞いた。

■車は思い出とともに

 スーパーカーブームの1970年代に少年時代を過ごした中田さんにとって、車は常に人生の節目にあったという。「僕らの世代にとって車は、仲間と乗り、恋人と、そして家族と乗った。思い出とつながっているもの」と語る。
 入社後は、国内と海外、それぞれ営業販売部門と企画部門の両方の経歴を持つ。営業の第一線で、顧客一人一人を思い浮かべながら意思決定を進める。また、世界のマーケット情勢を見ながら、どの市場向けに、どんな商品を、どの国でどう生産するのがトヨタのグローバルな成長につながるのかを考える。日本、インドネシア、シンガポールで、販売と企画の視点や考え方を身につけられたことが大きな財産となっていると振り返る。

■インドネシアのために

 「心がけていること」という問いに、「迷った時は、インドネシアのためになる道を選ぶ」ときっぱり。インドネシアの国民車と呼ばれる「キジャン」の生みの親・故横井明氏の言葉である。
 インドネシア政府から、「カローラの3分の1の価格の車」を作ってほしいと要請され、キジャンは77年に誕生した。コストを抑え、ブリキの戦車のようないでたちで窓ガラスも、外側のドアノブもない。当時、日本では「こんな車にトヨタのマークは付けられない」とエンジンやトランスミッションの供給を断られたこともあったが、横井さんが「必ずインドネシアのためになる」と説得した。「インドネシアで働くトヨタ社員は、この価値感を持っていると思う」と話す。

■1台1台を大事に

 「現在、成長のスピードは多少緩やかになっているものの、インドネシアはもっともっと発展する。その国のマーケットで仕事ができるのは光栄なこと。トヨタとしてこの国で積み重ねてきた歴史や根底にあるものには敬意を払いながらも、変える時は変え、攻めるときは攻める。インドネシアの国の発展に貢献するという根本からはぶれず、先を見たチャレンジを心がけていきたい」と中田さん。
 「インドネシアには若い人たちが多い。明日はきょうより豊かになると信じる人々に、1台1台を大事に届けたい。インドネシアでも、思い出とともにある車となってほしい」(太田勉、写真も)

 なかた・よしひろ 91年、名古屋大学経済学部卒業、トヨタ自動車入社。海外企画部、海外事業企画室を経て、06〜09年、トヨタ・アストラ・モーターに赴任、10〜11年はシンガポール。その後、営業業務部統括室室長、第1トヨタ企画部副部長を経て、17年4月より現職。68年愛知県生まれ。49歳。

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