イ人女性、漫画家デビュー 3カ国語でウェブ配信 ジャカルタ在住ヴィヴィアンさん 外科医辞め、東京でプロに

 日本のマンガに囲まれて育った南ジャカルタ・プルマタ・ヒジャウ在住のヴィヴィアン・ウィジャヤさん(三三)が、インドネシア人として初めて日本で漫画家デビューを果たした。十一月四日、小学館のウェブコミック配信サイト「クラブ・サンデー」で読み切りマンガ「国境なき学園」を発表。日本をはじめとする海外生活の体験を盛り込んだ国際色豊かな作品で、日本語、英語、インドネシア語の三カ国語で配信している。 

 「国境なき学園」は、ヴィヴィアンさん自身が高校時代に通っていた英国の寄宿舎付きインターナショナルスクールを舞台にしたマンガ。全十七ページ。
 主人公の日本人留学生、伴野一の視点で、さまざまな国の出身の学生との共同生活やカルチャーギャップをコミカルに描いている。
 掲載したクラブ・サンデーは、人気作品の第一話、独自の読み切り・連載作品などを配信。最近、小学館の少年誌への連載を目指す新人作家は同サイトでデビューするケースが多いという。
 「日本の人だけでなく、私を昔から知っている友だちにもぜひ読んでもらいたい」というヴィヴィアンさんの意向をくみ、日本語、英語、インドネシア語の三カ国語で掲載。複数言語を併記した作品の掲載は同サイトでは初の試みだ。

■6歳まで日本暮らし
 ヴィヴィアンさんは、南ジャカルタ・クマンに漫画家の前山まち子さん(ペンネーム・茶花ぽこ)が二〇〇二年に開講した「マチコ・マンガスクール」の卒業生。前山さんによると、ヴィヴィアンさんは日本で漫画家デビューした初のインドネシア人という。
 ヴィヴィアンさんは親の仕事の都合で六歳まで日本で育ち、中学までインドネシアで過ごした後、米国、英国の高校に通った。小学校時代に「日本語を忘れないように」と両親から与えられたマンガを夢中で読みふけ、自分でも描き、漫画家になることを夢見るようになった。
 しかし、医者一族の家族は猛反対。親の希望通りアイルランドで医学を学び、外科医になったが「医者の仕事は機械になったみたい。漫画家にならなければ人間として満たされない」と感じるようになったという。

■イ日の学校で学ぶ
 悩み抜いた末、両親にも相談し、「一冊、自分のマンガを出したい」と医者を辞め、漫画家を志す決意をした。しかし、突然漫画家になれるわけではない。プロとして成功できる自信はなかった。
 〇五年、アイルランドから帰国した後、知人の紹介で「まち子マンガスクール」に入学。技術の上達とともに作品をほめられるようになり、〇六年、インドネシアのマンガ雑誌「スプラッシュ」でプランバナン寺院にまつわる伝説を基にした「プランバナナ」を発表。「ドクター・ヴィー(Dr・Vee)」のペンネームで単行本も出版した。
 向上心旺盛なヴィヴィアンさん。「どうせ漫画家としてやるなら、極めたい。本場の日本でマンガを描きたい」。言葉の問題など不安もあったが、前山さんの「才能がある」という言葉に背中を押され、〇七年に東京のデザイン専門学校・日本デザイナー学院マンガ学科に留学。学校に通いながら作品を手に出版社への持ち込みを始めた。
 プロの技術を身に付けるために、アニメ化もされた人気作品「ハヤテのごとく!」の作者・畑健二郎さんに弟子入りした。アシスタントとして画力や技術を研磨する傍ら、少しずつ自分のマンガを描き続けた。今年四月に「国境なき学園」の執筆を開始、クラブ・サンデーでの掲載が決まった。
 ジャカルタで一人暮らしをする母親の病気が発覚したことをきっかけに帰国したが、インドネシアの自宅で机に向かってマンガを描き続ける。題材はヴィヴィアンさんの国際色豊かな経験を基にしたものが多く、次作はインドネシアの高校生をテーマにするという。「今度は少年サンデー誌上で連載を勝ち取りたい」と目標を語った。
 「国境なき学園」は来年一月五日まで、クラブ・サンデーのウェブサイト(http://club.shogakukan.co.jp/)で無料閲覧できる。


◇「プロ魂で質向上を」 マチコ・マンガスクールの前山さん

 「マチコ・マンガスクール」は、日本で茶花ぽこのペンネームでインドネシア移住エッセイ「移住楽園」などを執筆した漫画家・前山まち子さんが、二〇〇二年十月、漫画創作を基礎から学べる場所として開校。これまで約五百人の卒業生を輩出してきた。
 開校当時、インドネシアでは輸入漫画ばかり読まれていたが、最近はインドネシア人作家による漫画雑誌や単行本も多く出版されるようになった。漫画を描くことも「創造力を伸ばすのに役立つ」などとポジティブな評価に変わり、マンガを学べる教室も増えたという。
 最近は、ヴィヴィアンさんのようにマチコ・マンガスクールを卒業し、日本の大学や専門学校でマンガ留学をする生徒が増えた。「生徒がすぐ日本で授業についていけるよう、日本語学校では習わないマンガ専門用語を伝えたりして、より質の高いマンガを生み出そうとする生徒たちを支えていきたい」
 前山さんは「漫画家はマンガの流行を感じ取り、半歩先読みするなど、センスが必要。外国人にとって、文化や言葉が違うことは大きなハンデになる」と指摘。それを乗り越え、デビューを果たしたヴィヴィアンさんを祝福する。
 しかし、インドネシアのマンガは、ページを追うごとに質が悪くなるなど「プロフェッショナルと呼ぶにはまだ遠い」。前山さんは「プロ魂を持ち、インドネシアのマンガ界全体の質を上げるために盛り上げていきたい」と展望を語った。

「画材が手に入らず、困ることはあるが、ジャカルタでもマンガは描き続けられる」とヴィヴィアンさん



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