越境するドリブラー 松永祥兵  第1回 小さな背中、世界を見た  

 元プロサッカー選手でサッカー教育を通じて日本とインドネシアの架け橋となっている松永祥兵氏(36)。2018年には日本インドネシア国交樹立60周年の親善大使も務めた。その物語の幕開けは、静岡県三島市の少年がテレビ画面に映る“キング・カズ”こと三浦知良選手に憧れてサッカーの練習を始めた瞬間だった。身長142センチという小柄な体格で、上級生との体格差に泣かされても、石を投げつけられてもピッチを去らなかったこの小学生が、どのようにして海外挑戦への切符をつかむまでに成長したのか。その「前史」をひもとく。

■少年団で味わった屈辱
 松永氏が三島市立長伏小学校のサッカー少年団に入団したのは小学1年生のときだった。テレビで見た“キング・カズ”の格好良さに胸を躍らせてサッカーを始めたものの、現実は厳しい。上級生にはボールだけでなく石まで容赦なく投げつけられ、悔しさに泣いて練習を休んでしまった日もある。幼い心に悔しさと怒りが込み上げ、心が折れかけたこともあった。それでも母に「負けないで」と背中を押され、翌週にはまたスパイクを履いてピッチに立っている。松永氏は「あのとき逃げていたら今の自分はない」と当時を振り返る。

■初めての国際試合
 小学4年になるとテクニックが飛躍的に向上し、県内有数の才能が集まる静岡県東部選抜のメンバーに名を連ねるまでになった。転機は01年。県主催の国際少年サッカー大会で中国代表チームと対戦した試合だ。対戦相手のGKは身長180センチの大柄な選手で、頬にはうっすらと髭が生えている。松永氏が放った渾身のフリーキックはポストを叩き、惜しくもゴールを外れたものの、スタンドの観衆からは大きなどよめきが起こった。「世界は広い」︱︱そう初めて実感した瞬間だった。

■進路の岐路
 小学卒業を控えた頃、松永氏の元に二つの進路オファーが同時に舞い込んだ。一つは名門ジュビロ磐田の下部組織であるジュビロ沼津から、もう一つは勉学とサッカーの両立を掲げる県内の私立暁秀中学校からだ。プロ養成の名門ジュビロ沼津から将来を嘱望されたことは魅力的だったが、少年の答えは首を横に振るものだった。監督から「お前をプロにしてやる」と熱心に誘われたが、当時の彼は大人の甘い言葉を鵜呑みにできなかった。
 結局、学業にも力を入れられる環境を選び、松永氏は暁秀中学への進学を決めた。
■ 挫折と追い上げ
 松永氏の中学入学時点での身長はわずか142センチ。フィジカルの差が顕著な年代で、ボールを持つたびに相手選手に体ごと吹き飛ばされる日々が続いた。中学2年生の県大会では、同学年のキャプテン擁するチームが全国大会出場を決める横で、自分はスタンドからその光景を見守るしかなく、悔しさは言葉にできないほど大きかった。しかし、成長期はある日突然やって来る。3年生の夏前に身長が一気に伸び、50メートル走のタイムも大幅に短縮された。迎えた最後の大会ではレギュラーに返り咲き、ドリブルで相手3人を抜き去ってからのラストパスで逆転ゴールを演出してみせる。「初めて自分の体と心が噛み合った」と松永氏はこの試合を振り返る。
■高校主将へ
 中高一貫のエスカレーター式で系列高校へ進学。前年に主力選手が他校の強豪チームへ流出し戦力が低下していた分、1年生の頃から試合に出るチャンスをつかむことができた。放課後のグラウンドでは同級生を相手に1対1の居残り練習を繰り返し、ドリブル突破とシュート精度を徹底的に鍛え上げていく。3年時には主将に任命され、「自分が点を取らなければ勝てない」という状況の中、自らエースストライカーとして県大会ベスト8までチームを押し上げた。

■海外挑戦の芽
 サッカー推薦で入った国士館大学ではプロ入りを諦めている先輩たちと一緒にプレイする気になれず、1年で休学した。そんな中、親しい一学年下の後輩がスペインのクラブ下部組織へ加入したというニュースが届き、松永氏に大きな刺激を与えた。自分にも海外で挑戦できるという希望を芽生えさせた。
 その翌日、母がインターネットで見つけてきたのは「ドイツでスカウトテスト開催」という告知情報。かつて石を投げられてもピッチを離れなかったあの少年は、ここで迷うことなく応募を決意する。「国内で平均に埋もれるより、未知の海へ漕ぎ出したい」。この言葉を聞いた両親は何も言わず、静かに航空券を手配してくれた。
 地方出身の一少年が味わった数々の苦難は、世界への扉を閉ざすどころか逆に「未知を恐れない胆力」を育んでいた。次回は19歳で単身ドイツに渡った松永氏がブンデスリーガの高い壁と向き合い、先輩であり盟友となる元世界的プロサッカー選手の小野伸二氏との出会いを果たすまでを描く。(じゃかるた新聞編集長 赤井俊文 全4回)

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