大統領選振り返る 担当記者報告

 6月4日に始まった大統領選挙キャンペーンの1ヵ月。ジョコウイ・カラ組とプラボウォ・ハッタ組の両陣営は、国内を駆け回り、日曜夜にはテレビで論争した。担当記者が、見たり感じたり考えたことを報告する。

利権分与の分水嶺
 6月末、東ジャワ州ジョンバン。イスラム寄宿舎(プサントレン)が集まる田舎町。「ジョコウィ氏はキリスト教徒の華人」という中傷がとても効果を上げているようだった。その小宇宙はキアイ(イスラム知識人)が支配する世界。地方行政府よりもキアイが偉い。外国人が入れない「空気」もある。
 この国には外国人が自分の尺度を振り回しても「分からない」場所が広がっている。つまり、分からないことが寄り集まって、選挙結果として単純化して出てきたのではないか。
 面白いのは、世界から隔離される部分と「接続」される部分の両方があることだ。どのキアイもしきりに携帯電話をかけSMSを飛ばす。小宇宙のなかの、携帯電話の網。インターネットよりも大雑破な網だが、重要な人物同士が密につながる。この「接続性」が選挙に少なからず影響したのかもしれない。
 プラボウォ選対支部のとある関係者の経歴は、インドネシア政治の本質を物語っている。1人はスハルト時代から、後の闘争民主党(PDIP)になるインドネシア民主党(PDI)党員だったが、日の出の勢いのユドヨノ氏が民主党を結党した時に乗り換えた。もう1人もPDIから1党を経て、いまはグリンドラ党だ。
 プラボウォ氏のグリンドラ党には、「元○○党員」がたくさんいる。08年結党の新党に多くの政界関係者が新しいチャンスを見いだした。既存政党には偉い人が幅を利かせているが、グリンドラ党は土地建物を支部として献上すれば支部長になれた。
 スハルト時代は故スハルト大統領の取り巻きが利権を分け合った。スハルト一族の不正蓄財は国連機関推計150億〜350億ドル。それが1998年以降の民主化時代では、選挙の勝者に利権が「開かれた」。メガワティ政権での汚職疑惑、ユドヨノ政権の連立与党から露見する汚職、汚職疑惑を見れば明らかだ。実はこういう汚職は、システムの中に組み込まれている。
 なぜ議員を目指すのか。議員バッジが富を切り分ける時に威力を発揮するからだ。現段階のイ政治の本質は「バギプロイェクト(プロジェクトの分け合い)」「バギAPBN(国家予算の分け合い)」。だから議員候補としては、イデオロギーや政策などは基本的にどうでもいい。自分にとって割のいい政党を見極めて、騎乗する。
 このため政治家は政府の運営より、切り分けに熱意を傾ける傾向がある。ハンバラン競技場汚職が端的な例だが、予算を抜きすぎてプロジェクト自体が頓挫することが頻発する。公共事業、調達、徴税もろもろがスハルト時代の悪癖を継承をしている。
 そこで「このままではインドネシアは繁栄しないんじゃないか。政党、議会、地方首長、こういう民主主義の装置を修理か、改造しないといけない」と知識人、メディアなどが考えた。ジョコウィ氏はソロ市長時からこの潮流の中にいて、プラボウォ氏の台頭が伝えられると、祭り上げられた。
 プラボウォ陣営は切り分けゲームを楽しむ人々の集まりだ。自身もスハルト氏の元娘婿だ。スハルト回帰を狙うプラボウォ陣営は、当時ばらまかれた広範な補助金を、再び復活させることは現実的に困難だとは口にしない。補助金は同陣営の売りの部分だ。国家財政は硬直化している。燃料補助金を削減してもインフラ開発に回さざるを得ない。
 プラボウォ氏は活動家拉致だけでなく、東ティモール、98年暴動などについても説明するべきだ。大統領職を目指しているのだから。(吉田拓史)

メディアの偏向に課題
 ジョコウィ・プラボウォ両候補の出自や経歴を巡る陰湿な攻防は1999年の民主化時代初の総選挙を想起させた。「民主化のヒロイン」メガワティ氏を大統領にさせまいとするイスラムの保守勢力が「女は国家指導者になれない」「隠れヒンドゥー教徒だ」などとはやし立てた。女性指導者の是非など、いつ再燃してもおかしくない問題だ。
 初の直接投票となった2004年、前回の09年は、国軍出身でありながら慎重居士の頭脳派ユドヨノ氏が支持を獲得した。国軍当時の人権侵害など過去の問題を攻撃されたのはプラボウォ氏と同じだが、軍の民主化をリードしたエリート将校は、スハルト政権崩壊以降の宗教紛争や分離独立紛争で疲弊した国民の目には安心感があり、国の安定化をもたらせてくれるとの期待を抱かせた。メガワティ氏との確執などが話題になったが、直接選挙で選ばれた初の大統領は「民主化の申し子」の地位確立に成功した。
 これまでメディアを介して対抗馬との攻防が激化することは頻繁にあったが、今回の最大の問題点は民主化を推進してきたメディアが両陣営のツールに成り下がったことにある。特に巨額の運営費が必要なテレビ局はプラボウォ陣営の潤沢な資金に目を付け、数年掛けて「強力なリーダーシップ」を強調するCMやニュースを流し続け、「優柔不断で汚職政党を率いるユドヨノ氏」への不満を吸い取った。
 印刷メディアも真っ二つに割れた。日刊紙コンパスは中面では両陣営の話題を均等に配しながら、1面トップではジョコウィ氏のキャンペーン。コランテンポやジャカルタポストは中立放棄を自ら宣言し、プラボウォ陣営を攻撃した。テンポ創立者のグナワン・モハンマド氏らが、プラボウォ氏の軍籍剥奪の国軍文書リークに関与するなど、レフォルマシ(改革)をほごにする動きに危機感を抱いた識者たちとプラボウォ陣営の心理戦になった。
 真相を伝えるメディアを目指す―。スハルト政権退陣前後、レフォルマシの動向を伝える報道をリードしたSCTVのニュース番組「リプタン6」。これを率いたカルニ・イリアス氏は、プラボウォ陣営のバクリー氏末息子の下、TVワン報道局長として采配を振るった。度々降板のうわさがあったが、歴史的な大統領選の接戦を演出するのに大きな役割を果たしたことは、インドネシアの報道の歴史に刻まれるだろう。(配島克彦)

動揺隠せない勝利会見
 強力なリーダーシップで政党を率い、常に自信に満ち溢れていたプラボウォ氏。その表情が崩れる瞬間があった。
 9日の大統領選の開票速報でジョコウィ陣営が先に勝利宣言し、陣営内に激震が走った。誰も予想していなかったのだろう。政党幹部がメトロTVが放映するジョコウィ陣営の記者会見を釘いるように見入っていて、広報担当者は「なぜこの時間に宣言できるのか信じられない」と頭の整理が付かない様子だった。
 その直後に選対事務所に到着したプラボウォ氏は足早に事務所内に姿を消した。メディアの質問に一切答えようとせず、顔は硬直し動揺を隠せなかった。
 取り巻きのファドリ・ゾン副党首やゴルカル党のバクリー党首が必死でメディアに対し「われわれの勝利に違いない」と弁明するが、勝者の余裕は皆無だった。
 プラボウォ氏も即座に記者会見で勝利を宣言したが、覇気が全く感じられない。党関係者らが「プレシデン・プラボウォ(プラボウォ大統領)」と叫ぶ大声にプラボウォ氏の声はかき消された。4月の総選挙で「大統領は絶対にあきらめない」と豪語した自信は崩れ去ったようだった。
 09年の大統領選挙での敗北以来、大統領への執念だけで駆け抜けた。自身が率いるグリンドラ党は議席数を増やし、大統領選では6政党の大連合を形成しジョコウィ氏と大接戦を演じた。プラボウォ氏の頭にはこれまでの出来事が走馬灯のように思い浮かんだのだろうか。目は遠くを見つめていた。(小塩航大)

中央にメガワティ氏
 9日、スロパティ公園で投票を終えたジョコウィ氏が向かったのは、南ジャカルタにあるメガワティ私邸だった。同地ではメガワティ氏と長女のプアン氏がジョコウィ陣営の到着を待つ。ハヌラ党党首のウィラント氏、副大統領候補のカラ氏がまず到着。ジョコウィ氏が到着するまでの間、みんなは終始笑顔を見せながら談笑し、余裕がうかがえた。1時過ぎにジョコウィ氏が姿を見せるとジョコウィ陣営は、早くも勝利したかのように拍手で迎え入れた。
 注目すべきはその後開かれた会見での席次だ。席にはあらかじめ名前が書かれた紙が貼られており、大統領候補であるジョコウィ氏が中央のはずだが、カラ氏との間に陣取る形でメガワティ氏が真ん中に座ったのだ。会見でもメガワティ氏が一番最初にマイクを持つ。ジョコウィ氏は最後に話した。厳然とした政治力学を感じざる得なかった。
 大統領選挙中、プラボウォ陣営は「ジョコウィはメガワティの操り人形だ」と繰り返した。記者が話しを聞いた市民のなかにもジョコウィ氏を支持しない理由としてメガワティ氏との関係に言及する人々が多くいたのは事実だ。
 大半の調査機関はジョコウィ氏の勝利を報じている。ジョコウィ氏は軍やエリート出身でない初の大統領だ。国の舵取りを託されるジョコウィ氏が、既存の政治力学からどこまで抜けだし、国民の信託に応えることが出来るのか注視していきたい。(藤本迅)

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