中央銀行の独立性

 昨年12月中旬、インドネシアの金融分野の法規制を一括して改正する通称「金融オムニバス法」が国会で可決された。目玉の一つはインドネシア中銀の役割に従来の物価・為替の安定に加え、持続的経済成長を支えるべく金融・決済システムを安定させることを追加した点だ。中でも注目を集めたのは、コロナ緊急対応として一時的に容認されていた中銀によるインドネシア国債の引き受け(国債発行市場での直接的な国債購入)が、「危機的状況」と判断された場合との条件は付くものの、恒久的措置として認める条項が入ったこと。これに対しては、各方面から中銀の独立性が失われる懸念を指摘する声が挙がった。
 一般的に、あるいは教科書的には、中央銀行が独立性を保つべき理由はシンプルに解釈されていて、概ね次のようなロジックとなる。政府という存在は経済成長や景気対策を優先して財政支出を増やしがちである。通貨を発行する中央銀行が国債を引き受けることは、通貨を増発して政府に資金提供することになるので、貨幣価値の低下(物価の高騰)を招くおそれがある。従って中央銀行は政府から独立性を保って貨幣価値の安定に努めるべきだ。
 このロジックはかなり普遍的だし、実際、日銀を含めて先進国の中央銀行は概ね国債の引き受けができないようになっている。しかし、一方で、最近多くの国で、中銀が一旦発行された国債を流通市場で購入することで、かなりの量の国債を保有するようになっている。特に2007年以降の世界金融危機を経て、中銀の役割のうち、物価安定よりも金融システム安定の部分がフォーカスされるようになり、中銀による流動性供給も国債購入を含め柔軟な手段が取られる流れができた。このような柔軟性は副作用も認識はされているものの、結局コロナ期にも多くの国で金融安定化に効果を発揮した。
 この文脈で今回の金融オムニバス法を見てみると、特に金融システム安定と危機回避の対応力を高めることが明確に意識されており、結果、中銀の役割についても教科書的にはやや禁じ手とも思えるゾーンにまで踏み込んだものと言えよう。インドネシア国債の流動性がまだ薄いことを考えると、危機時に中銀による直接引受を許容できることは財政ファイナンスの安定性を一気に高める面もある(インドネシア国債の発行残高規模は日本国債の5%未満)。
 コロナ期の低所得者層の所得減や大幅な通貨安といった逆風下で、インドネシア政府・中銀はタイムリーかつ踏み込んだ政策対応ができていたと評価できる。また今年の国家予算で素早く財政規律回復に着手したのも安心感ある対応だ。
 昨年、スリ・ムリヤニ財務相以下の財務省メンバーがコロナ期の経験を一冊の本にまとめ出版した(「Keeping Indonesia Safe」)。そこには試行錯誤を重ねながらもスピーディかつ大胆に政策の打ち手を決めていった軌跡が記録されている。これらは他のエマージング国にとっても有益なレッスンとなるだろう。
 通常私たちは、インドネシアの制度や運用を見て、「遅れている」とか「最近はだいぶ進んできた」といったようなことを、自分たちの常識や基準に照らし合わせて判断する。ただ、世の中の変化が進む中で、比較する基準の方も更新していかないと、正しい姿が見えないことがあるかもしれないと思う。
 今回の中銀の位置付け変更の成否は短期的にはわからないだろう。数年単位で見てプラスと出るかマイナスと出るか、また後になって他のエマージング国のモデルとなるような動きであったと言えるかどうか、をよく見ていきたい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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