格差社会にメスを
中央ジャカルタを南北に貫くスディルマン通り。その一角にある大量高速鉄道(MRT)のドゥク・アタス駅付近は、週末ともなると若者たちに〝占拠〟される。彼らは思い思いのファッションを楽しみ、ランウェイに見立てた交差点の横断歩道を歩く。
自然発生したいわば私設ファッションショーで、集まってくる若者はほとんどが10代。ジャカルタ郊外のチタヤム出身者が多いことから、「チタヤム・ファッション・ウィーク(CFW)」と呼ばれるようになった。そんな彼らを一目見ようと、さまざまな階層の人々がスマホを片手にやってくるから、写真投稿サイトのインスタグラムも大賑わいとなる。
ジャカルタ特別州知事のアニス・バスウェダンの目にも止まった。そしてアニスは駐インドネシア欧州連合大使のヴィンセント・ピカートや欧州投資銀行のクリス・ピーターズ副総裁らを招待。一緒にドゥク・アタスの横断歩道をすまし顔で歩いたが、ダークブルースーツを決めた彼らは明らかに場違い。草の根ファッションを楽しむ若者たちとはかけ離れた世界にいた。
CFWは郊外に住む貧しい子どもたちが、大都会のど真ん中で自分たちを表現する舞台。彼らの多くは中退者か未就学の低学歴で、アニスが招いた客人たちとは別世界にある。
もっとも、彼らは貧困が原因で教育を受けない、受けられないではなく、学校の勉強は何の役にも立たないと考えている。そこで自らの意志で教育を拒み、将来は工場労働者やバイクタクシー運転手になる。その程度の認識しかない。
「ロイ」と呼ばれる若者もその1人だった。実は観光・創造経済省から彼に奨学金の申し出もあったが、「学校がなんだ! ソーシャルメディアのコンテンツを作る方がましだ」。こう言って奨学金の受け取りを拒み、友人とコンテンツ作りを始めたという。だが、知識も経験も資金もなく、うまく行くはずがない。大半は失敗に終わった。
ところが、リベラルな中産階級の間でCFWの知名度はうなぎ登り。子どもたちのファッションを「前衛的」と称賛した。1980年代に南ジャカルタ・メラワイ通りに咲いたファッションブーム、ポップカルチャーに投影するのだろう。ただ、これらはやはり中流階級以上の文化であり、CFWの草の根精神からますます遠ざかる。
有名人もがCFW人気に相乗りしてきたから、ドゥク・アタスの空気は一変。交通渋滞やごみのポイ捨て、さらには不純異性行為などが渦巻く地域に成り下がってしまった。
となれば、市政府も黙認できない。 群衆を強制分散するなど治安と衛生の維持に動き出したが、問題はCFWについて根本的に無理解であることだ。大人がすべきことは、若者排除ではない。考えるべきは、この格差社会において子どもたちが持てる未来の選択肢が工場労働者やバイクタクシー運転手しかない、ということではないのか。(リリス・イラワティ)