「周囲に慕われる存在」 中村征夫さん葬儀

 およそ30年に渡り、日本とインドネシアの交流を深めてきた中村征夫さんの葬儀が1日、バンテン州タンゲラン市にあるオアシス・レスタリ斎場で行われた。葬儀には「ラグラグ会」や「ジャカルタ日本語キリスト教会」のメンバーら30人ほどが集まり、故人を悼んだ。
 中村さんは毎週、インドネシアの歌を練習しているコミュニティー「ラグラグ会」で、指揮者として歌唱指導を行ってきた。この日の葬儀に同会メンバーは、昨年12月の発表パーティーのためにあつらえた、そろいのバティックで参列した。
 斎場には、日本など今は海外在住のメンバーも参加できるようパソコンが設置され、葬儀の様子はオンラインでライブ配信された。
 葬儀は中村さんが洗礼を受け、毎週通っていた「ジャカルタ日本語キリスト教会」によるプロテスタント式で執り行われた。中村さんと10年ほど親交のあった田井真聡牧師は、「感謝を絶やさない人だった」と思い出を振り返りながら、葬儀を進めた。
 参列者の一人で、教会を通じて親睦を深めたというブディマン・和子さんは、「中村さんは周囲の人々とまるで家族のように接していた」と話す。
 その寛容な人柄に惹かれ、「父親のような存在」と慕うのは日本人ばかりではない。和子さんによると、11月30日に訪れた最初の弔問客は、2人のインドネシア人だった。中村さんの元運転手の息子たちで、棺の近くに立ったままショックを隠せず、静かに立ち尽くしていたという。
 2011年から「ラグラグ会」の運営に関わり、最期まで中村さんの近くにいたという近藤英文さんは、弔辞で「中村さんの歌のこだわりは上手さでなく、発音や表現だった」と話した。
 「日本人はインドネシア文化を理解しない」。きっかけは1974年の「マラリ暴動」で当時のスハルト大統領が放ったこの一言だった。このエピソードを聞いて以来、音楽とインドネシアを愛した中村さんは「この国の歌を通して現地の人と交流する」ことを信念に同会での歌唱指導を決意した。
 近藤さんは、毎週の練習日にあたる「明日(12月2日)は(中村さんが亡くなり)どうしよう」と涙をこらえながら言葉にし、それでも中村さんから教わった「歌を通じた愛情表現を実践し、同会を存続していく」と話した。(三好由華、写真も)

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