夢は「アジア人のための病院」 「日本初」のインドネシア人歯科医 言葉、保険の壁に対処

 在日インドネシア人のために、奔走する歯科医——。約40年前にインドネシアから来日した歯科医のグレン・フンホルスさん。東京で歯科院長を務める傍ら、夜間は、都内の24時間体制の歯科医に勤務し、インドネシア人ら外国人のために働いてきた。夢は「アジア人のための病院をつくること」だ。

 グレンさんは父親の仕事の関係で、1968年に来日。家族らの勧めにより、歯科医を志す。日本語学校に通って、予備校で受験勉強をし、東北歯科大に入学した。周りは日本人ばかりの学生生活の中、「1日も休まずに授業に出席した。授業では必ず、一番前の席に座った」。
 四畳半の下宿で暮らし、冬場は雪の中を自転車で通学した。学費はアルバイトで賄い、週末になると、クラブでバンド演奏をし、航空会社や海運会社でもアルバイトに励んだ。
 バンドの公演で知り合った日本人女性と学生結婚した後は、「家族がいて、必死だった」。午前3時に就寝し、早朝に通学した。
 インドネシア人として初めて日本の医師免許を取得した時は、地元紙の取材を受けた。「母親は泣いていました」。
 全国各地の歯科医院で経験を積み、東京・人形町で開業した。大手企業の集まるオフィス街。バブルの時期で、証券会社のサラリーマンや旅行中の外国人ら、患者は1日70人以上。しかし、バブル崩壊後に状況が変わった。患者が多く来ていた山一証券も倒産してしまった。1日の患者は25人までに減り、仕方なく、病院を離れた。
 現在は、医師が不足している訪問医療の歯科院長を務める。さらに最近まで、夜間は都内の24時間体制の歯科医を手伝い、インドネシア人らの治療に当たっていた。
 グレンさんの携帯電話には、外国人患者から歯痛などの症状を訴えるメッセージが入り、急患にも対応する。
 「外国人の患者は言葉の壁があり、日本の保険の仕組みもよくわからない」とグレンさん。
 このため、患者には診療計画や料金を丁寧に説明する。なるべく絵を描いて説明し、言葉のハードルを下げる。日本で働くインドネシア人の中には「月給が11万円程度と給与が安い人もいる」ため、診療の料金を明示し、良心的な対応をする。
 将来の夢は「アジア人のための病院をつくる」ことだ。物件などの条件が整えば、できるだけ早くに開きたいという。
 「病院のいすは2個でよい。インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ……外国人や高齢者のための病院をつくりたい」

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