【火焔樹】 忘れがたい強めの指圧

 先日コパジャ(公共バス)で通勤中、初老の男性が愛想よく乗客に青い紙を配る光景があった。紙には人体の絵にツボの位置が記してある。私は「マッサージ師だろう」と気に留めなかった。
 コパジャでは移動中に暇を持て余している乗客から小遣いを稼ぐためか、音楽家がギターを持ち込んで歌声を響かせたり、生活用品の実演販売、例えばジャガイモを持ち込んで皮むき器の性能をアピールしたりする光景をよく見かける。大半の客は彼らをいないかのように扱い、寄付や購入を迫られても首を軽く横に振ってその意思がないことを示す。彼もその類いだろうと思い、興味はあったが乗客を見習い、努めて「つん」と振る舞っていた。
 しかし私の前に立った彼は微笑み、私の手を取った。「やばい」。マッサージが大の苦手なのだ。首を横に振り、「くすぐったいから止めてくれ」と懇願するが上手く伝わらず「遠慮するな」と言っているのだろうか、少し強引に身体を揉み始めた。
 耐えきれずへらへらして声も出てしまう。喜んでいると思われたか、強めの指圧で手の指先から足の付け根まで丹念に揉み込まれた。笑いながら怒る気にもならず我慢することにした。
 2分ほどだった。地獄のような時間が終わると彼は満足そうな表情でバスを降りていった。金も要求されない。紙には店舗の住所や電話番号もない。何が目的だったのか。
 「やられた‥」。気づいた時には遅かった。右ポケットにブラックベリーの感触がない。メッセンジャーの使い方を覚えた翌日だった。
 日本ではバスでマッサージなど怪しくてさせなかっただろう。それをさせてしまうのは日本にはないインドネシアの「人との距離の近さ」だろうか。
 1度買い物をしただけで、店の前を通るたびに声をかけられるのは心地良い。ワルン(屋台)で食事中も「日本の漁船に乗ってたことがある」「大使館で働いてたんだ」など気軽に声を掛けられると、独り身の外国人は親近感を抱いてしまうだろう。
 意識しない間に人との距離の近さに慣れ、警戒心が薄れていたのかもしれない。それを気付かせるには高い代償だった。(堀之内健史、写真も)

日イ関係 の最新記事

関連記事

本日の紙面

JJC

人気連載

天皇皇后両陛下インドネシアご訪問NEW

ぶらり  インドネシアNEW

有料版PDFNEW

「探訪」

トップ インタビュー

モナスにそよぐ風

今日は心の日曜日

インドネシア人記者の目

HALO-HALOフィリピン

別刷り特集

忘れ得ぬ人々

スナン・スナン

お知らせ

JJC理事会

修郎先生の事件簿

これで納得税務相談

不思議インドネシア

おすすめ観光情報

為替経済Weekly