【MRT物語】(4) 店前に建設用の壁 客足激減 MRT工事で 完成後「風が通った」

「えっ」
 ある日出現したその「壁」に、日本料理店「穂の香」の主人、羽鳥一成は圧倒されていた。大量高速鉄道(MRT)のブロックM駅の建設予定地。その真ん前にある店の入り口でのことだ。2015年前後だったと記憶している。
 店と店前の駐車場との間には、細い通用路のような「上がりかまち」が続く。その先に、MRT工事用の「壁」ができていたのだ。店は覆い隠された形になり、看板も外の道路側からは見えなくなっていた。
 08年の開店以来、興隆を誇った店は、客が減り始めた。半年ぐらいで壁は撤去されたが、今度は店近くに重機が置かれ、工事が始まった。大きな振動が店内に響く。「工事計画は聞いていたが、さすがにここまでとは思わなかった」。客数は一時、往時の2割程度になり、貯えでしのぐ日々が続いた。
 支えてくれたのは日本人だった。店を訪れた工事関係者が、今後の工期などの情報を教えてくれた。「耐えろ」「今度、店に食事に行くよ」。自らのフェイスブックには、工事関係者や常連客からの言葉が届いた。救われた思いだった。だが、工期は長かった。
 「きれいな電車だね。安全で日本みたいだ」
 12歳と9歳の息子がMRTの中ではしゃいだ。日本のホテルで料理の修業後、00年にインドネシアに来てから同国人の妻との間にもうけた2人だった。「風が通った」。一緒に乗っていた羽鳥は、一瞬、さわやかなものを感じた。
 工事中は苦労したが、「MRTで人の流れが澱まなくなった」と感じる。二つ先の駅の自分の事務所まで車で1時間かかっていたのが、MRTでは10分。店の客数も往時の6割程度に回復した。「MRTが今後、延線すれば、ジャカルタはもっと変わる」。羽鳥は今では、そう思う。
             ×    ×
 「MRTさまさまです」。チプテラヤ駅から徒歩3分。小ぶりな広場を3~4階建ての建物が囲む。その入口の「リトル大阪・フード・タウン」(LOFT)看板前で、ブロックM駅そばの和食店「KiraKira銀座」などを経営する竹谷大世はそう話した。
 ブロックMを中心に活動していた日系飲食店の関係者が複合商業施設「リトル大阪」をオープンしたのは18年2月。現在、飲食店など10店舗のほか、学習塾も入る。この中で竹谷は日系食品スーパー「じゃかるた市場」とラーメン店「フジヤマ55」のほか「鎌倉カフェ」、「割烹呑」の4店を順次、立ち上げてきた。
 開店時は「やっていけるだろうか」と不安の日々だった。MRTが工事中の当時、店に来たのは知人だけ。閑古鳥が鳴いた。「開業までの辛抱だ」。そう考え、耐えた。
 4月の営業運転の開始と同時に状況はガラリと変わった。何と、売り上げが当初の20倍に。それまでは、車で来る人がほとんどだったが、歩いてくる人が増えた。明らかに「MRT効果」だった。学習塾の教室数も増えていった。
 日本人元駐在員の父を持ち、少年時代をインドネシアで過ごした竹谷は、やはり「MRTの延伸を」と話す。「MRTはビジネスチャンス。将来的に第二、第三の『リトル大阪』ができればと思う」。そう話す。(つづく=敬称略/本紙取材班、写真も)

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