【売られた花嫁】(2) 「義父から性暴力受けた」 逃げた末に自宅監禁

 中国に花嫁として売られたワティさん=仮名=(29)は、河北省にある夫の実家で暮らし始めた。夫や同居する義父母とは言葉が通じず、スマートフォンの翻訳アプリを介して会話した。インテリア会社経営者と名乗っていた夫は、実際には建設作業員だった。それでも生活は悪くなかった。「お小遣いもくれ、最初はみな親切だった」
 暗転したのは中国に来て1カ月。付き添いで来ていたワティさんの父親が帰国した後だった。
 「台所に行くと、いつも義父がお尻を触ってきた。家族もそれを見て笑っていた」。耐えられなくなったワティさんは2018年12月、貯めていた小遣いの1500元(約2万円)を手に、タクシーで北京のインドネシア大使館に逃亡した。
 1週間後、大使館にいることを聞きつけた中国人のブローカー2人がワティさんを訪ねてきた。「離婚手続きをしてやる」。離婚してインドネシアに帰れるなら、とブローカーを信じて従った。だが彼らはワティさんを夫の家へ連れ戻した。
 夫たちは、一度逃亡したワティさんを自宅で監禁するようになった。丸一日、食事を与えられないこともあった。それから、とワティさんは声を落とした。
 「夫と義母が買い物に出かけていた時、義父にレイプされた。夫に告げたら、『お前は父を侮辱している』と言われ、お尻にあざができるまで殴られた」。あざの写真を祖国の妹に送信したことに気づかれ、スマホも取り上げられた。「それからは音信が途絶え、両親は私が死んだものと思っていた」
 一斉の外部との連絡を絶たれたワティさんは、監禁された家の中で、紙を折る手作業をした。「4日で大きなビニール袋20袋分」のノルマを課せられたが、給料は一度ももらえなかった。「子どもたちはお金が必要なのに、何も送ってやれない」。祖国に残してきたわが子を思うといたたまれなかった。インドネシアに帰りたいと訴えるワティさんに、義父母は「40万元でお前を買った。慰謝料を払え」と言い放った。
 そのうち、ガラス工場で働くようになった。工場でも監視は止まず、義母は毎回仕事に付いてきた。「近くに座ってずっと私の作業を見張っていた。トイレにも付いてきた」
 だが工場に来て7日目。気を許したのか、トイレに立つワティさんに義母が付き添わなかった。ワティさんはトイレから出て、2メートルほどの塀によじ登り外へ逃げた。「とにかく、遠くに」。塀から飛び降りた衝撃でねんざした足で、必死に走った。(木村綾、写真も、つづく)

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