【続・香料諸島の旅 歴史編】②長く「未知の土地」 ジャカルタから2600キロ

 香辛料と言えば、代表的なものはこしょうと丁子、ナツメグである。こしょうはインド南西部のマラバル地方原産で、ジャワ、スマトラでも採れるが、丁子とナツメグは香料諸島と呼ばれるマルク諸島(インドネシア語でクプラウアン・マルク、英語ではモルッカ諸島)でしか採れなかった。丁子とナツメグは、シナモン(セイロン産の肉桂、ニッキ)と合わせ「香料」と称され、こしょうを含む「香辛料」とは区別して使われることが一般的である。
 取引量では圧倒的にこしょうの方が多かったが、価格は低く大衆向きであった。一方、丁子、ナツメグは、時にはこしょうの10倍を超える値が付き、「上質香料」として渇望された。大航海時代のヨーロッパ人がマルク諸島を最終目的地としたのは、それまでの中国人、インド人、アラブ人などによるキャラバン隊商の仲介によるものではなく、直接自らの手で獲得したかったからである。
 ヨーロッパ人にとっては長い間、丁子、ナツメグの原産地がどこにあるか分からず、そこは「未知の土地」であった。そこは現在のインドネシアの北マルク州およびマルク州に属する小さな島々であり、赤道を挟んで丁子の島とナツメグの島に分かれる。ナツメグの原産地バンダ諸島はいったいどこにあるのか。東西の歴史上で極めて重要な舞台となった場所であるが、今はインドネシア人にすら余りなじみのない場所である。
 香料諸島は地理的に三つのグループに分かれている。赤道の北側のテルナテ、ティドレを含む丁子の原産地の5島、赤道の南に位置し香料貿易の拠点でオランダ東インド会社の本部が置かれたアンボン島、そこからさらに南東に点在するのが18世紀までは世界で唯一のナツメグの生産地であったバンダ諸島である。
 大航海時代に群島を取り巻く気まぐれな潮流を縫ってバンダの島々へ船を進めるには、豪胆かつ細心の舵さばきが必要であった。今でもアンボンから高速フェリーで6時間を要し、海が荒れる時には、か弱い現代人には相当難儀な航海になる。
 バンダ諸島はジャカルタから直線距離で2600キロ、アンボンからは南東約200キロの南緯4度、東経129度に位置する。バンダ海域の東西43キロ、南北13キロに浮かぶ主に7島からなる小さな島の集合体である。7島は、中心となるネイラ島(バンダネイラ島とも呼ばれる)、そのすぐ西隣りにある火山島、そこから西にあるアイ島、さらに西にルン島と岩礁の島ナイラカ島がある。一方ネイラ島の東隣りにはロンタール島(一番大きな島で大バンダ島とも呼ばれる)、さらにその南東にハッタ島がある。面積はバンダ諸島全体で45・6平方キロ、現在の人口は2万人程度である。
 島別には、ネイラ島に9千人、ロンタール島に5千人、アイ島とルン島で4千人、ハッタ島ほかで2千人というのが現地で得た情報である。(「インドネシア香料諸島(続)バンダ諸島」=宮崎衛夫著=より)

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