復興「対話重ねて」 東松島、釜石両市  中部スラウェシで 東日本の経験共有

 国際協力機構(JICA)は11、12両日、復興を支援している2018年9月の中部スラウェシ震災の被災地パル市とジャカルタ特別州で、日イの震災復興経験を共有するセミナーを開催した。来イした東日本大震災被災地の岩手県釜石市と宮城県東松島市の職員3人は「根気強く住民との対話を重ね、合意形成してほしい」と口をそろえ、今後直面する被災者の移転や災害危険区域の適用など長い復興の道を見据えるための心構えを伝えた。
 11年3月11日、日本三景・松島で知られる東松島市を最大10メートルの津波が襲い、市内65%の地域が浸水。雪が舞う厳冬の中、低体温症で亡くなった人もおり、死者1109人、行方不明者24人に上った。市復興政策班の川口貴史主任によると、行方不明者の確認や炊き出しなどは、市民と築いてきた「共助」の関係にかなり助けられた。
 市は震災後1カ月で復旧復興指針を出した。仮設住宅を回ったり、ワークショップを住民の都合を優先して開催したりするなど、2千人以上の市民と意見交換を重ねた。結果、10年間の復興計画にある内陸部と高台計7カ所への集団移転には、市民約8割が同意。被災自治体の中では同意率が非常に高く「住民から安全そうな土地だと提案を受け、市側が調整した。土地収用でももめなかった」と対話の必要性を説いた。
 釜石市は「鉄と魚とラグビーのまち」。港町は津波で壊滅的な打撃を受け、災害関連死106人を含め、死者は994人に達した。住居は全体の29%に当たる4704戸、産業関係は同57・7%の1382事業所、漁船は同97・6%の1692隻が被災。被災約4千世帯への自力再建か復興公営住宅入居かの意向調査で「未定」がゼロになったのは震災から6年半後の17年10月末。ことし3月末に全2760戸の宅地造成と公営住宅の建設が終わる。
 大槌湾に高さ14・5メートルの防潮堤を整備することなど、これまでに計168回、約9千人と対話してきた。資料を事前に配布し、勤務後に合わせた夜に開催時間をずらすなど「市民第一」の姿勢が重要で、市復興推進本部事務局の金野尚史係長は「急がば回れの考え。個人的にドラえもんのようなショートカットはないと思う」と人気アニメの話を交えて説明した。
 石井重成・釜石市総務企画部オープンシティ推進室室長は、「3年後に何が必要か」をテーマに、子育てする主婦や高校生など多種多様な人材と7度のワークショップで話し合い、市民約700人とすり合わせた地域活性化策を紹介。「大切なのは地域を担っていく人を見つけ、地域の活力にしていくこと」と語る。
 三陸鉄道の車体清掃や漁船同乗、ラグビーなど体験観光プラン整備、民泊サイト「Airbnb」と連携した民泊の推進、起業資金200万円援助とメンター紹介が一体となった起業家支援策といった取り組みが奏功し、過去50年間で約60%減った人口が、13年の人口推計に比べ、18年調査で増加に転じたという。
 復興期間を2年としている中部スラウェシ州の被災地自治体職員らは、8年かかってやっとゴールが見えつつある日本の状況に驚き、閉会時はしっかり被災者との対話をしていくよう呼びかけあった。中央ジャカルタ区のインドネシア大学医学部で開かれたセミナーには、政府関係者と大学生ら約100人が参加。06年ジャワ島中部地震や04年スマトラ島沖地震・津波の事例も紹介された。(中島昭浩、写真も)

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