動揺抑え、遺体収容 捜索船同行2日目 奮闘する市民ダイバー

 「おい起きろ、遺体が揚がったぞ!」。肩を揺するダイバーの低い声に目を覚ました。船の甲板に出ると、船員が、バレーボールほどの大きさの遺体を慣れた手つきでビニール袋にしまっていく。異臭で気が遠くなった。ほかに顔をしかめる者はいない。凄惨な光景が日常と化していた——。ライオンエア機墜落事故発生から5日目を迎えた2日、国家捜索救助隊(BASARNAS)などによる捜索活動が行われている西ジャワ州タンジュンカラワン沖。捜索船に同乗し一夜を明かした記者は、動揺を抑えながら捜索に集中している市民ダイバーらの活動を追った。 

 記者は10月30日に捜索拠点の北ジャカルタのタンジュンプリオク港を出る捜索船に同乗を申請し、港の取材をしながら船を待ち続けたが、当局は「インドネシアメディア優先」の方針。1日午前6時ごろになって、やっとBASARNAS船に乗れ、タンジュンカラワン沖に向かった。
 船は墜落現場周辺の海面に浮かぶ残骸や乗客の所持品を探索。別の捜索船に食料などの物資を配り始めた。午後7時ごろ、別の船に乗り換えた。
 今度の事故発生当初から捜索活動を行ってきたという。BASARNAS職員22人のほか、市民ダイバーとして全国ダイビング協会(POSSI)スマランから6人、インドネシア・ダイビング・レスキュー・チーム(IDRT)から5人の計11人が乗る。 
 ソナー(音波探知装置)によって、機体の残骸や遺体が沈んでいる可能性のある場所を特定した後、ダイバーらが小型ボートで現場に向かい、海中を確認する。
 目視に頼るダイバーらの捜索は日中に限られ、午前6時ごろから午後6時ごろまで行われる。2日は同船から2チームに分かれ、計6回、小型ボートで出動し、1回の捜索は2~3時間ほど。
 捜索で、ダイバーらは道具を使わず、遺体や残骸をダイビング用の手袋を着けた手で運ぶ。
 「遺体は事故の衝撃で小さくなっている。近づいてつかんでみないと、それと分からないこともある」。普段はダイビングのインストラクターをしているというPOSSIのバンバン・ガトット・トゥトゥコさん(42)は両手を除菌液で洗いながら語った。
 午後3時半ごろに他船から多数の遺体を見つけたと連絡を受け、応援に向かったPOSSIのアグス・プリアントさん(40)は「深さ30メートルほどだったと思う。女性の体が漂っていた。驚いたがパニックになると自分が危ない。自分の任務に集中し、遺体を収容し続けた」と話した。
 日没を迎え、1日の仕事を終えたダイバーらはコーヒーを片手に談笑を楽しむ。船内のテレビでは事故のニュースが絶えず流れているが、見入るダイバーは見かけなかった。「任務から解放されて、仲間と楽しむ時間が必要なんだ」と、ダイバー移送用のボートを操縦するBASARNAS職員の一人。疲れ果て、いすに座ったまま寝入るダイバーもいた。
 船は2日午後10時ごろ、補給のためタンジュンプリオク港に戻った。
 捜索には多数の市民ダイバーが参加しており、うち1人が2日の捜索で死亡した。BASARNASなどによると、死亡したのは東ジャワ州スラバヤ市の40代男性、サフルル・アントさん。死因は減圧症とみられる。
 墜落事故の前には地震・津波で被災した中部スラウェシ州パル市でもダイバーとして活動していたという。(大野航太郎、写真も)

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