「まだ見つからない」 爪痕残る液状化現場

 2千人以上が亡くなった中部スラウェシ地震・津波から28日で1カ月を迎える。家族や友人を探しに、生活の糧を求めて――。大勢の犠牲者と行方不明者を出した液状化現場には、捜索打ち切りから2週間がたった今も多くの人々が訪れる。大規模な液状化の爪痕が残るパル市バラロア、ペトボ、シギ県ジョノオゲを歩いた。
 48ヘクタールが壊滅したバラロアには大部分が更地になり、重機の音だけがむなしく響いていた。「ここで生まれ育った。ここが家だったんだ」。イプルさん(43)が指さす土地にも重機が入り、ため息が漏れた。
 州社会局の職員アニタ・ラフニヤニさん(33)は2世帯6人で国営住宅地に住んでいた。助かったのはラフニヤニさんと夫だけで、2人きりの避難生活を送る。政府は液状化被災地を閉鎖する方針で住民移転案も出ているが、「母親と中学生の弟がまだ見つからないのに、他の土地には移りたくない」と吐露した。
 180ヘクタールが壊滅したペトボ。泥に埋め尽くされた液状化現場は今も波打ち、下手では、中に入って様子を見ようと40人ほどが列を作っていた。運転手のサブト・ウィドさん(30)は「ここに住んでいて、まだ見つかっていない友達が10人以上いる。自分の目で見ておきたい」と声を詰まらせた。
 上手では、土砂に埋まり、割れたアスファルトや木材が散らばる波打った土地を、スニアさん(65)が腰を曲げながら懸命に歩き回っていた。「孫がまだ見つかっていない。妊娠8カ月だったの」。かばんの中から1枚の写真を取り出した。
 202ヘクタールが壊滅したジョノオゲには泥流でトウモロコシ畑が数キロ先から流されてきた。ここの住民は多くが農家。スマルニさん(55)は26日、被害を免れた畑の一部からわずかな稲を刈り、脱穀作業を始めた。「畑もかんがい施設もだめになってしまい、収穫は普段の15分の1。来年の収穫はないから、少しでも稼がないと」と話した。(木村綾、写真も)

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