【貿易風】癒やしのイスラムと政治

 にぎやかなジャカルタの道路脇に、アラビア語が入ったひときわ高い幟(のぼり)が並んでいるのに気づいたことがあるだろうか。
 アラブ系指導者によるズィクル集会が近くで開催されているはずだ。ズィクルとは、神の美名を連禱(れんとう)する宗教儀礼である。多くのモスクで木曜の夜に行われている、インドネシアのムスリムにはなじみ深い習慣である。
 しかしジャカルタを中心に大規模な集会を開催するズィクル組織の台頭は、2000年代に入ってからである。
 とりわけ成功したのが、ムンズィル・ムサワが率いるマジェリス・ラスルッラー(預言者協会)である。
 ムンズィルの優しく穏やかな表情、美しい低音で紡ぐ預言者の物語が若者たちを魅了した。泣き出す者もいる。その教えは極めて穏当なものである。秩序、温和さや感謝の心の大切さを説き起こす。職場や学校、家庭の悩みやストレスを解消する、癒やしの場を与えた。
 ムンズィルにはぜんそくなど複数の持病があり、入退院を繰り返していた。今から思えば、夭折(ようせつ)を予期していたかのような憂愁がまた特別な雰囲気を作り出していた。ムンズィルは13年に40歳の若さで亡くなったが、集会は続けられている。
 万単位の人々を集めるズィクルには、政治家も近づいた。ユドヨノ前大統領は自らの名を冠したズィクル組織を作り、これが09年の再選に貢献した。ムンズィルの集会にもたびたび足を運んだ。
 ジョコウィも例外ではない。昨年12月1日には大統領宮殿にズィクル指導者のノベル・ジンダンを主賓として招いた。ジンダンは弱冠40歳、ムンズィルの後継者として台頭しつつある。
 翌日には、アホック元知事に対する抗議デモの1周年記念集会が予定されていた。ジンダンはヘイトスピーチなど「間違った方法」で宗教を使うことを痛烈に批判した。
 重要な選挙が近づくにつれ、宗教を使った個人攻撃は活発化する。大統領が一番の攻撃対象である。人権や民主主義の原則に訴えても多くの人々は耳を貸さない。宗教には宗教で対抗する必要がある。「癒やしのイスラム」も政治的に中立でいることは極めて難しいのである。(見市建=早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授)

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