皆既日食21年ぶり 壮大な天体ショーに熱狂 朝に訪れた夜
朝に突然、一瞬の夜が訪れる――。9日午前、インドネシア各地の上空で、月が太陽を完全に覆う皆既日食が観測された。日本をはじめ世界各国から多くの天文ファンや観光客がインドネシアを訪れ、地元の住民らとともに各地の観測地で、空を見上げた。「黒い太陽」を見ることができるのはほんの数分。多くの人が空を見上げ、つかの間の壮大な天体ショーに熱狂した。
9日は午前7時20分ごろから同10時ごろにかけ(いずれも現地時間)、スマトラ島やカリマンタン島、スラウェシ島、北マルク州、バンカブリトゥン州などで皆既日食が観測された。南スマトラ州パレンバンや中部カリマンタン州パランカラヤの上空は雲に覆われ、観測条件は厳しかったが、北マルク州テルナテやハルマヘラ島、中部スラウェシ州のパル県やパリギ・モトン県などは天候に恵まれ、皆既日食の始まりと終わりに見られるダイヤモンドリングが観測された。
皆既日食の観測地となった地域では、観光客誘致に力を入れてきた。国内外から観光客が訪れ、前日から伝統の踊りや楽器演奏などが行われる一大イベントとなった。皆既日食までいかない部分日食が観測された地域でも、住民らが日食グラスを手に太陽を観察した。インドネシア政府は、研究者ら約1200人を乗せた観測船をスマトラ島東のブリトゥン島沖に派遣するなど、洋上からの観測も各地で行われた。
一方、各地のモスクではムスリムが祈りをささげた。皆既日食は自然現象であると共に、アッラー(神)の偉大さや自然と比べた人間の小ささを感じられるとして、合同礼拝を実施した。
航空宇宙研究所(LAPAN)によると、インドネシアでの皆既日食は1995年に観測されて以来、21年ぶり。次回、皆既日食が見られるのは約350年後となる。(毛利春香、8面に関連)
世界の日食ハンター パランカラヤで観測
皆既日食を追いかけ、世界各地を訪れる「日食ハンター」と呼ばれる人たちがいる。中部カリマンタン州パランカラヤで皆既日食が観測された9日、神戸市から親子で来たカメラマン、江原貴志さん(50)、仙台市からやってきた建築士、竹内克哉さん(45)、ドイツ人の夫と暮らすウィーンから訪れたフィンランド人のスサンヌ・イクネンさんに出会った。
江原さんも竹内さんも2009年7月、中国・上海から日本のトカラ列島にかけて起きた皆既日食で中国を訪れ、雨で日食は見ることができなかったが、「真昼の暗黒」を体験し、感動してはまったという。竹内さんはその後、12年11月にオーストラリア・ケアンズで観測に成功した。
仙台で震災復興の仕事をしている竹内さんは、3日間で仙台に戻るという超強行日程。「皆既日食は何回見ても慣れるということがない。その度に感動し、泣いてしまう。今回も鳥肌が立ちました」と話す。
パランカラヤで多くの人が観測に訪れたのは市中心にある直径200メートルのラウンドアバウト(環状交差点)の緑地帯。早朝に雨が降り、太陽が欠け始める午前6時半には、上空は雲に覆われていた。江原さんは望遠レンズをセットしながら「今回もダメか」とため息をついた。とその時、急に雲間から4分の1ほど欠けた太陽が見えた。緑地に詰めかけた千人を超える人たちから歓声が上がり、「ひょっとしたら見えるかも」という期待が高まった。
イクネンさんがこれまで皆既日食を見てきた国はフィンランド、ハンガリー、トルコ、オーストラリアで、インドネシア・パランカラヤが5カ所目になる。
「もっと多く見ている人たちがたくさんいる。今回は休暇が取れたので、観光もしたい」と話す。
曇天での観測についてはベテランらしく「地元の人たちで日食グラスを持ってない人が結構いた。快晴だったら危ないから、逆に良かったかも」と話した。
皆既状態となる1分前の午前7時28分、急に暗くなり始め、気温が下がった。だが太陽は見えず、このまま暗くなるのかと思った瞬間、糸のように細い太陽が姿を現し、その糸が点になる瞬間、突然光度を上げ、ダイヤモンドリングが出現、そして暗黒が訪れた。
竹内さんは「もう、絶叫してました」といい、江原さんは「ダメだと思っていたのに、感無量です」と話す。地元の人たちは太陽が見えなくてもスマホで写真を撮りまくり、スマホの灯りが星のようだ。パランカラヤ大学で英文学を学ぶティアラ・プスピタさん(18)は「本当にすごかった」と目をキラキラさせながら息を弾ませて話した。
2分後、空が一気に明るくなる。コンサートが終了して客席に灯りがついたときのように、「ショー」が終わったことをみな理解した。アンコールはない。
江原さんと竹内さんはもう放心状態だった。でも、「来年はアメリカです」「そう、でも8月で夏休みだからチケット高そう」「ホテルはもう予約でいっぱい、という話もあるよ」――日食ハンターたちの話は尽きない。(田嶌徳弘、写真も)