中絶合法化に賛否 女性保護か教義順守か

 イスラムで禁じられている人工中絶を合法化した大統領令に今年8月、ユドヨノ大統領が署名した。違法中絶で女性が死亡するケースがある一方で、堕胎は教義に反すると批判が相次ぐ。女性の保護か教義の順守か―。中絶合法化で各界が揺れている。

 中部ジャワ州警は2日、トゥマングン市で祈祷(きとう)師(ドゥクン)を名乗る男(69)と2人の関係者を、女性を死亡させた疑いで逮捕した。容疑者らは先月5日、32歳の女性に中絶行為を施し、誤って出血多量で死なせた疑い。被害者が病院に搬送されて事件が発覚した。容疑者らは妊娠3〜4カ月の20〜30代の女性を中心に施術し、1回で100万〜500万ルピアを稼いでいたという。
 国家家族計画庁(BKKBN)の調査によると、国内の中絶行為は年間250万件以上といわれている。中絶を希望する妊産婦は中絶が禁止行為のために医療機関に行けず、不正に取引される薬物を摂取して堕胎したり、ドゥクンに依頼したりする。ドゥクンは女性の腹部を乗る蹴るなどして、胎児を流産させる中絶方法をとる。しかしドゥクンの中絶は失敗することも多く、依頼した女性の10〜30%が死亡していることも明らかになっている。
 ユドヨノ氏は近年、国内で性的暴行被害が増加し、レイプによって妊娠し出産した場合、心的外傷後ストレス(PTSD)を発症したり、子どもの虐待や育児放棄につながる可能性があると懸念を示した。「女性と子どもを含め国民を保護することは当然だ」と合法化を進めた。
 さらに暴行被害者の3割を10代が占めていることなどから、心身の健康保護を規定した健康法の効力が保たれないことが問題視されていた。これらを受けて、イスラムで禁じられている中絶行為合法化に踏み切った経緯がある。ユドヨノ氏は署名の際に「自分が署名する最後の大統領令だ」と言葉を残した。
 西ジャワ州バンドンの国立パジャジャラン大学犯罪学イェスミ・アンワル氏は「犯罪から女性を保護し、健康法の適用が強化される」と評価する。合法化で警察と医療機関の連携を強化し、犯罪抑止にもつながる可能性があるという。

■暴行被害で妊娠し中絶
 国際家族計画連盟(IPPF)は中絶者の3割が10〜20代の若年層であると指摘。大半がレイプなどの暴行被害で妊娠しているという。
 女性が中絶したことが発覚した場合、家族や親族から縁を切られることもある。病院での治療費の相場は70万〜80万ルピア。工面できずに出産した子どもを捨てる事件も発生している。
 西ジャワ州ボゴール県内の大学に通う女子学生ブンガさん(24)=仮名=は、インターネットで購入した薬物で中絶した。ブンガさんは約3カ月前、交際していた男性との間に妊娠。友人に勧められて通販サイトで薬物を購入した。ブンガさんは「錠剤を飲み続けて流産するのを待った」と振り返った。服用して3日後から兆候が出始め、約1週間かけて中絶したという。
 ブンガさんの中絶行為に対して、同県イスラム学者会議(MUI)は「教義に反する」として、遺憾を表明。ユドヨノ大統領に大統領令の改正を求めている。

■子ども保護求める声も
 国家子ども保護委員会(KPAI)も合法化に反対する姿勢を表明。ギウォ・ルビアント・ウィヨゴ元委員長は「中絶は子どもの命を奪う行為。生きる権利を剥奪することは許されない」として、同令を児童保護法違反にあたると指摘している。KPAIは子宮にいる胎児を「子ども」と説明。中絶で女性が守られるとは限らないと話している。
 ナフシア・ムボイ保健相は9月初旬から同令に関してインドネシア医師会(IDI)と協議している。医療従事者のために人工中絶の研修制度を確立することで合意した。IDIのザエナル・アビディン会長は、中絶は医療倫理に反するとした上で、流産した場合のみ中絶行為を適用すべきだという。(西村百合恵、アリョ・テジョ、写真も)

 中絶合法化を定めた大統領令 8月中旬にユドヨノ大統領が署名した。夫を含めた相手から受ける性的暴行をレイプと定め、暴行の被害者と、出産で母体・胎児に命の危険がある場合に限り中絶を認めている。夫からの暴行で希望しない妊娠をした場合も証明書類があれば中絶ができる。

明確なプロセス必要 合法化に反対 医師会

 インドネシア医師会(IDI)で法規則や医師指導に携わるナザル医師(65)は、中絶合法化に医師会としても個人的にも反対の姿勢を示している。「医師になったのは人命を救うため。中絶は医師の誓いに反する」と語った。
 ナザル氏は中絶合法化の大統領令を「未完成」と断定する。レイプ被害者の線引きなど中絶対象者の選別を誰が行い、また被害の証明方法をどうするのかなど詳細が決まっていないからだ。具体的な施行方法については現在保健省が協議しているという。
 ただし、ナザル氏は中絶に反対する一方で、保健省の決定次第ですぐに治療ができる技術と体制があると話す。「レイプ被害を証明するのは警察の仕事。施術するのは医者の仕事だ。役割を明確にして仕組みや体制を作るべき」と指摘する。医師会は医療行為に専念し、被害者の中絶を許可する権利はないと強調した。「明確なプロセスと問題を検討することが必要。段階を踏んで施行してほしい」と訴えている。

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