日本統治の残映を検証  新著「戦後日本=インドネシア関係史」  倉沢愛子教授、20年間の集大成

 著名インドネシア研究者の倉沢愛子・慶応大学経済学部教授は先月二十五日、新刊「戦後日本=インドネシア関係史」を発表した。インドネシア研究の新しい古典となった「日本占領下のジャワ農村の変容」の続編で、この二十年間の研究の集大成。日本統治がインドネシア社会に与えた影響を分析し、日本とインドネシアの関係性を国家、人的ネットワークなど多角的な視点から検証している。

■連綿と続く人の交わり
 本作は日本の占領がジャワの農村社会に及ぼした影響を考察した「日本占領下?」の続編にあたる。著者が二十年の間に、南方特別留学生、ロームシャ、従軍慰安婦、賠償期に日イ関係を支えた日本人など多様なテーマに取り組んだ成果を基に、「大東亜」戦争が残した問題を念頭に置きながら、七〇年代中頃までの約三十年間に論考を加えている。
 本作の一?五章は戦後から年を追ってインドネシアに「戦争」が残した跡を検証する。まず、両国史の空白とされてきた一九四五?五一年に、在日インドネシア人、残留日本人、日系二世、戦争花嫁などを取り上げ、戦前・戦中からの人の交わりが連綿と続いていたことを、膨大な聞き取りや日本、オランダ、インドネシアの各国資料などから明らかにする。
 やがて日本がサンフランシスコ講和条約に調印し、インドネシアが独立を果たすと、「新興国」同士の関係が始まる。この時期の日イ関係を支えた人として、倉沢教授が回想記に携わったラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ氏や実業家・桐島正也氏が登場し、二人の波瀾万丈な生き様が歴史の裏地を紡ぐ。

■上映禁止で反日激化へ
 一九五八年の賠償協定合意。倉沢教授は公開された外交文書を基に日イの動きを事細かに追い、最終的に、岸信介政権の「東南アジア市場獲得に向けての先行投資」との論理と、スカルノの「旧宗主国オランダからの経済的自立に日本の賠償を後ろ盾にしたい」意図の合致へと収れんしていく様を浮き彫りにする。 
 しかし、スハルト政権の誕生とともに、両国関係を支える人脈が一変したと論じる。「日イ関係も、もはや賠償事業からほぼ完全に脱却し、市場の競争原理に基づく非常にビジネスライクな経済関係を模索する時代に入っていった」(第五章「戦後」との決別)。スハルト氏が開発に傾斜する中、日本はスカルノ周辺の人脈を離れ、新体制への積極的な支援を始める。
 また、日本の経済進出が進むさなかに起きた田中角栄首相訪イ時の「反日暴動(マラリ事件)」前年の七三年、日本軍の暴力シーンも盛り込んだ映画「ロームシャ」の上映禁止事件を重視。反日感情の高まりを防ぐための措置が反対に反日の空気を強め、暴動激化を引き起こしたと指摘する。
 実は日本の統治時代の名残は、不可視状態で根強くインドネシア社会やインドネシアの人たちのなかに息づいているのではないか。当時の報道や関係者の証言から、上映禁止で噴出した反日の言説を読み解いていく。
 第六章以降の三章は編年体をとらず、現在までインドネシア社会に息づく日本軍政の名残に焦点を当てる。隣組(RT)など現存する大衆動員型の相互扶助組織の歴史的変遷のほか、ロームシャ、兵補、従軍慰安婦問題に切り込む。

■歴史認識に日イの格差
 最終章「インドネシアにおける対日歴史認識」では、インドネシアの歴史教科書、歴史研究、マスコミなどの分析から日本のイメージを探る。インドネシアの中学・高校の教科書に日本関係の記述は大量にあり、反対に日本では日イ関係の歴史を教えていない現実を注視。インドネシアには経済大国日本の機嫌を損ねまいとの思いがあるが、現在の日本に対する認識がネガティブなものに変わるとき、必ず歴史認識の問題も蒸し返されると警告する。
 近年解禁された外交文書、新聞、聞き取りなどの膨大な資料群から、戦前、戦中、戦後の各時代の連続性に焦点を当て、「戦争」の影響が現在までインドネシア社会の底を流れ、インドネシアでは「戦後」はまだ終わっていないとの主張に説得力を持たせている。


◇名編集者の遺志に応える

 本作出版の舞台裏には、今年八月二十九日に亡くなった草思社創業者の加瀬昌男さんの尽力があった。
 倉沢教授は九二年の「日本占領下のジャワ農村の変容」(草思社、一九九二年、サントリー学芸賞受賞)の出版時から、加瀬さんと本作執筆の約束を交わしていた。加瀬さんは同社で出版した倉沢教授の単著五書を手がけ、会長として退いた後も本作の原稿を待っていた。
 〇八年一月には草思社が倒産するハプニングも起きた。倉沢教授は「私もこれであの本のお約束はおしまいだと思ったのですが、それでも加瀬さんは待っていてくださり、民事再生で何とかめどがつき始めるとさっそく声をかけてくださいました。それで私も奮起して猛スピードで執筆にとりかかりました」と述懐する。
 それから三年半。本書の第四校(最終)校正が終わるまで見届けた加瀬さんは八月、すい臓がんでこの世を去った。倉沢教授はインドネシアで報を受け、あまりにも大きなショックで、しばらく茫然としたという。「最後の本の印刷が終える前に息を引き取られたのです。加瀬さんの犠牲的なお力添えがあって、世に出た本」と複雑な思いをにじませた。

戦後日本=インドネシア関係史―くらさわ・あいこ 1946年生まれ。慶応大学経済学部教授。「日本占領下のジャワ農村の変容」などインドネシア関連の著書多数

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