そして誰もいなくなった タナアバンの露天商移転 

 首都最大の露天商地帯、中央ジャカルタ・タナアバンでの強制立ち退きから7カ月。移転先がふるわず、露天商移転のモデルケースが壁にぶつかった。立ち退かせるだけでは、零細自営業者は路頭に迷うばかりだ。
 「今日も客は1人もいなかった。もう疲れたねえ」。タナアバンの州営市場「ブロックG」。幼児服を売るジェンロさん(38)はそう嘆いた。南タンゲラン市スルポンから電車で通うが、切符代がそっくり損になる。昨年8月の入居から、商売は振るわない。同市場3、4階の移転商店968戸には閑古鳥が鳴く。そしていま残ったのはシャッターの海だ。
 ジョコウィ知事はソロ市長時代(2005〜12年)も露店商移転をし、成功例として語られる。「タナアバン移転」はそのジャカルタ版。だが、移転先が貧弱だった。
 「東南アジア最大級の繊維市場」のタナアバンは、衣料品を数十キロ単位でさばく卸売商がひしめく。ミナン人(西スマトラの民族)か華人がほとんどを占める卸売商は、西ジャワ州や中国などで生産された衣料品を一度タナアバンに集め、これを全国の卸売業者・小売業者におろす。露天商はこの流通の蛇口になる卸売商から仕入れ、すぐ近くの路上でばらで大量に売るため、ほかの地域の露天商よりも値段を安くできた。
 ただし、路上を占拠するのには「ショバ代」(みかじめ料)がつく。地回りはこれを州営市場公社、警察などと分け、各者に得があった。ショバ代は月150万ルピアに達する場所もあったが、繁盛したため、この仕組みはうまくいった。
 だが、ここにジョコウィ知事が手を突っ込んだのだ。渋滞対策とうたった立ち退きの後も、渋滞は変わらない。これが今度は「バスターミナルがないせいだ」となり、駅前の再開発につながりそうだ。開発には利権が伴う。「ほかにも大型商業ビル、ホテル、アパートメントを建設し、駅から歩行者回廊を伸ばし、これらの交通を密にする」。地元の実力者、ルルン州議会副議長の警備会社の関係者は言う。「タナアバンをクアラルンプールのようにするんだ」

労働法規の外、路頭迷う
 逆に露天商は行き場をなくした。かばんを扱うブロックG商店主エディさん(38)は「どこにいけばいいのか」と途方に暮れた。卸売商がひしめくタナアバンの州営市場ビル「ブロックA」の賃料は年間2億ルピアはする。手が届かない。路上は州内で取り締まりが進む。受け皿になるはずだったモナスでの公営夜市場は先月中旬から開催中断。自警団主催の夜市場にも州政府が締め付けを強くする。
 中央統計局によれば、首都の労働人口518万のうち、29%の136万人が労働法規の外で働く零細労働者(13年8月)。だが、住民登録なし、地方からの「静かな集団移住」、学生ながら働くなど「見えない」人々はより多い。
 この層は近年の最低賃金上昇の恩恵を享受しておらず、むしろ物価上昇の波を受けているとみられる。この労働の典型である露天商が、スーパーマーケットと競争できる「いい移転先」をつくるか、新たな行き先になる正規雇用の生まれる環境をつくるかしなければ、問題は解決されない。(吉田拓史、写真も) 

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