首都洪水 知事、中央政府批判 遅々として進まぬ洪水対策 「州の管理は小川のみ」 豪雨への対処なし
12日朝から13日夕に降った豪雨による洪水で、首都圏広域が冠水し多数の避難民が出た。昨年1月に起きた首都大洪水の教訓は生かされたのか。ジャカルタ特別州は中央政府の指導力不足、縦割りの弊害を批判している。
洪水に絡む死者は4人に増え、15日午前までで州内2区(東、南ジャカルタ)の避難民は正確な数は分からないが一時5千人に達した。気象地理物理庁は今年1、2月の首都圏での降雨が例年を超えると予測。過去30年間の平均は300〜400ミリ。1〜2月は月400〜500ミリに達するとし、今年の雨期のピークは2月と予測する。今後より激しい豪雨があれば、より大きな被害を出す恐れが強まっている。
昨年の首都大洪水後も対策が進んでいないことが露呈した。治水を加速することが喫緊の課題だが、ここで中央政府とジャカルタ特別州政府の対立が浮かび上がる。
「治水は地方政府だけではできない」。ジョコウィ・ジャカルタ特別州知事は15日、中央政府を強く批判した。改修が必要な州内主要13河川の管理は公共事業省がするが、州の管理は小川のみ。権限の強い中央政府が州に協力しないとして「許認可が中央の各省庁に小分けにされているなら、やりたくない。重要なのは仕事が早く、集中的に、目標通り達成されることだ」。にもかかわらず「洪水で叱られるのは私だ」と、自分だけが責任をとらされている現状に不満を示した。
これに対し、ユドヨノ大統領は14日、特別州災害対策局(BPBD)、国家警察、国軍にジャカルタ州政府の支援を要請。15日時点で知事の批判に回答していない。足下の民主党の広報紙ジュルナル・ナシオナルは15日付で「ジョコウィはまだ公約を形にしていない」と批判。総選挙が近づき、洪水も政争の具になりそうだ。
これまでにも、大統領と知事がぶつかることがあった。燃料補助金の州内停止案、低価格低燃費車の州内利用禁止、渋滞対策など、知事が立案した政策をめぐり対立がくすぶり続けている。
■チリウン川を急げ
洪水対策で即効性があるのはチリウン川の改修。西ジャワ州ボゴールからの水を集めるチリウン川を抑えるのが最も効率的だが、これが遅々として進まない大きな理由は、中央政府がイニシアティブを発揮しないためだ。
この治水は公共事業省が進める。州政府は土地収用、住民の立ち退きなどで協力する。ただ、州内で立ち退き先の公営住宅(団地)の建設地を見つけづらく、州政府のぜい弱な財政では多くの団地建設は難しい。中央政府事業による団地でもいくつもの中央省庁をまたがなくてはならない場合があり、行政処理に時間がかかる。
東西の放水路と連結、流域の改修はいずれも昨年末に始まったばかり。2年ほど完成に時間がかかる。住民の立ち退きが遅くなればさらに遅れる。オランダ植民地時代から検討された東西放水路は未だに実現していない。水源のボゴール、デポックにダム、貯水池、水路をつくるのも必要だが、これも地方自治体間の連携がうまくいっていない。必要な工事は分かっているのだから、中央政府の積極姿勢こそ緊要だ。(吉田拓史)
線路上に一時避難 自宅浸水の住民 西ジャカルタ
西ジャカルタ・クドヤでは、2千世帯以上の民家が浸水の被害を受けた。住民は一時、自宅より海抜が高い線路の上に避難。15日夕、多くの住民が帰宅を済ませたにもかかわらず、雨は再び降り始めた。天候に翻弄される人たちの姿があった。
「もう疲れた」。テントで帰宅の準備をしていた自営業、スアンティさん(43)さんは降り始めた雨にため息をついた。12日に自宅が浸水した。毎年、避けては通れない雨期。特に驚くことはなく、うんざりするだけだった。野宿用のテントはすでに準備していた。
あっという間に約70センチの水かさ。1階しかない家が浸水すれば、寝る場所はない。自宅から約200メートルの線路にテントを張った。2日間、家族20人で肩を寄せ合い寒さをしのいだ。水は引いたが、「帰宅できるかどうかは、この雨次第」。
線路上にテントが張られたため、国鉄は線路2本のうちの1本で、通常より速度を落とし列車を運行。住民によると、15日までに国鉄側から線路からの移動を促すなどの指示はないという。
■赤十字が住民支援
クドヤにある赤十字の詰め所には、体調不良を訴える住民が訪れている。赤十字はかゆみ止めや解熱剤を用意。会社員、アフマッド・アファンディさん(36)は吐き気をもよおす次男、バイエン君(2)を抱いて来た。赤十字隊員から錠剤を受け取り、ほっとした様子だった。
赤十字のサヌシ隊員は15日夕、再び降り出した雨を見て、顔をしかめた。浸水が収まり次第、詰め所は引き払う予定だった。だが、雨が激しくなれば、近くを通るアンケ川はすぐ氾濫する恐れがあるので天候が気がかりだ。(上松亮介、写真も)
「いつ帰れるのか」 情報なく避難所暮らし 洪水止まぬカンプンプロ
洪水頻発地帯で知られる東ジャカルタ区・カンプンプロ。15日、現場を訪れてみると、午後4時ごろに土砂降りの雨が降り始めた。
「今回の洪水は突然やってきた。政府も警察も、われわれに何の情報も与えてくれなかった」。避難所となっているアッタワビン・モスクの2階で住民のハナンさん(28)は憤る。昨年の洪水では、政府や警察からの情報が住民に伝えられたという。
12日から降り続く雨で地域は冠水し、13日には最大5メートルに達した。周りの地域より土地が低くなっているためだ。
モスクでは、37世帯250人が避難生活を送る。電気がなく、薄暗い。
クスナさん(58)は妻と娘、孫が3人おり、チリウン川のすぐそばに自宅がある。「いつ帰れるか分からない」とつぶやき、「毎年洪水があるけど、十分なお金がないから引っ越しもできない」と肩を落とした。
「毛布がなく夜は寒い」。イロさん(63)は孫のデンスちゃん(4カ月)を抱えていた。後ろでは、休校のため、避難所内ではしゃいでいる子どもたちの声が響き渡っていた。
区の職員が避難所に常駐し、朝と夜に食事を配るが、毛布や保湿剤やおむつなどは自分たちで調達しているという。
地域の通りは道幅が狭く、大人二人がすれ違うのもやっとだ。激しい雨が降れば、一時間でくるぶしまで水に浸かる。水も濁っていて、歩くのも一苦労。通路脇の側溝に落ちている人もいた。路地に入ると、狭くなった道に大量の水が集まり、膝まで水位が上がった。水の勢いに体が押される。
区職員のリザルさん(41)は「洪水はボゴールから来る」と話す。チリウン川の水源は西ジャワ州ボゴールにあり、2007年には7メートルまで水位が上がった。
午後6時ごろ、さらに強い雨が降った。カンプンプロの住民にとって、苦難の日々が続く。(山本康行、写真も)