【若い大国、民主主義どこへ 民主化15年を聞く】(1) 社会に大きな波 加納啓良・東京大名誉教授

 民主化の15年でインドネシアはどう変わったのか。これからどう変わるのか。インドネシアをつぶさに見つめてきた3人の有識者に聞いた。

 民主政の要件のうち少なくとも次の五つで大きく前進した。①自由で公正な普通選挙の実施②大統領の任期の制限による独裁権力の防止③表現の自由と多様な政府批判の存在④議会における独立した複数政党の存在⑤NGOなど自治的な市民社会組織の存在―。これがスハルト体制との大きな違いだ。
 この15年で社会は大きく変化した。まず運輸・情報・通信革命の加速だ。私たちが大がかりな農村経済調査を行っている中部ジャワ北海岸の一地方の事例を挙げると、オートバイ、テレビの100世帯当たりの平均保有台数は1990年の調査で4.7台、8.7台にすぎなかったが、2012年では76.8台、86.6台と10倍またはそれ以上に激増した。また、90年にはなかった携帯電話の所有数は12年には100世帯で117.5台、つまり一家に1台以上になった。いまや携帯電話はカリマンタンの赤道直下の森の中でも通話可能だ。地方の人も世界で起きていることをよく知っている。
 次に学校教育の普及と中進国化だ。同じ調査によると、90年には中卒以上の世帯主は100世帯当たりで平均7.2人のみ、就学経験のない人が27.5人いた。しかし12年の調査では、中卒以上は23.1人と3倍以上に増え、就学経験のない人は14.9人とほぼ半減した。1世帯の平均人数も90年に5.2人だったが、12年は3.7人に激減した。これを日本の場合と比べると前者は50年ごろ、後者は65年ごろの平均世帯人数とほぼ等しい。かつて高度成長期の日本で起きたのと同質の社会変化が進んでいることがうかがわれる。
 それから地方分権の進行と地方の活性化も大きな変化だ。スハルト政権期の地方政府の財政は歳入の8割以上を国からの交付金に依存しており「3割自治」と呼ばれたかつての日本よりひどい状態だった。しかし、レフォルマシ(改革)の進展とともに思い切った地方分権化が図られ、地方の経済・社会、特に豊かな資源を有する地域では目に見えて活性化している。「地方分権」がかけ声倒れで地方に元気がない日本とは対照的だ。
 「民主化」はスハルト一族と取り巻きに権力と利権が集中していた独裁的体制を解体した。社会全体が明るくなり経済発展にも良い影響が及んだことは間違いない。だが、利権の分散とともにいわば「汚職の民主化」も進み、腐敗が見えるようにもなった。
 経済が好調で生活水準の向上が続く間は「民主化」のプラスの効果が強く感じられる。しかし、経済に陰りが生じたときは、またいろいろな問題が噴き出すかもしれない。
 気がかりなのは発展・開発の持続可能性(サステイナビリティ)の問題だ。一例を挙げれば、アブラヤシ農園の拡大とパーム油の輸出急増は、地方経済の活性化に大きく貢献しているが熱帯林の消滅、先住民の生活破壊など負の側面も小さくない。パーム油輸出の増加はインド、中国を先頭とする新興アジア諸国の需要増に誘発されたもので、熱帯林消滅は地球環境全体に影響するなどグローバルな広がりを持つ。「民主化」の行方もこうしたグローバルな要因に大きく影響されていく可能性がある。(聞き手・吉田拓史)

◇かのう・ひろよし インドネシアを中心に19世紀半ば以降の東南アジアの社会経済史を研究。98年前後のインドネシアの変化を描く「インドネシア繚乱」など著書多数。

【若い大国、民主主義どこへ 民主化15年を聞く】(2)倉沢愛子・慶応大名誉教授
【若い大国、民主主義どこへ 民主化15年を聞く】(3)川村晃一・日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所地域研究センター研究員

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