【洪水村の移転】(下) 高層住宅案、町内会割れる 東ジャカルタ カンプン・プロ
洪水に苦しむ村落カンプン・プロに、ジャカルタ特別州が移転案を提案した。
州は4度の会議の中で川から15〜25メートルの範囲の住民に立ち退きを求め、湾曲したチリウン川を直線状にする計画を示した。移転先には州営の住宅、賃貸住宅、最近州が考案した低所得者向け高層住宅「カンプン・ドゥレット」の三つを提示した。「住民の大半は州営ジャティネガラ市場の労働者。他地域に移れば職を失うことになる」(ファイサル第3町内会長=44)ことを踏まえ、建設候補地には近隣の大学前か堤防の隣接地を検討している。
住民の抵抗感は強かった。まず移転先の家賃が心配だ。住民の多くは市場労働などインフォーマルセクターで働いており、洪水地帯であるがゆえに安い家賃でなんとか暮らしていける。夫が市場で働くスアルディンさん(52)も家賃50万ルピアの借家住まい。「移転先の家賃が高ければ、暮らしていけない。仮に移転するにしても州が安く提供してくれなくてはいけない」
経験のない「高層住宅住まい」への不安も大きい。高層階に住むこと、共用部分、近代的な生活感がしっくりこない人は、高齢者層を中心に多い。第2町内会の長老格というアチャンさん(56)は「地面から離れて6階、7階で暮らすなんて考えられない。公共住宅は『カンプン・アメリカ』だ」と声を荒げた。
しかし、二つある町内会のうち、被害の大きい第2町内会は移転に積極的だ。川に近く、上流向きで川の増水が直接ぶつかるため洪水被害が大きい。ごみの堆積により川が浅くなり、オランダ時代に整備された堤防を切り崩して、家屋が建てられたことが洪水に拍車をかけている。住民は疲弊している。
カマルディン第2町内会長(52)は町内会5600人が移転案に傾いていると認める。州が最低限の条件を整えれば、移転はあり得るとの立場だ。ただ「州は予定を語っているだけ。替えの住宅が建設され、十分な補償が設定されて初めて話し合いになる」と注文をつけた。
一方、下流向きで被害が小さい第3町内会の3千人は消極的だ。売店前のいすで井戸端会議をする第3町内会の主婦らは移転に反対する。「ここは洪水も比較的穏やかでもう皆慣れている。長く暮らしているから人とのつながりがある」と言う。ウラマ(イスラム指導者)の家に主婦が集まり、コーラン読誦会をする。子どもたちは洪水でどぶに紛れ込んだ魚を追う。「第2町内会との考えの違いを埋めるのが難しい」と語った。
ファイサル第3町内会長はじっくり着地点を探す考えだ。「いろいろな意見がある。まだ確たるところは決まっていない。州に案を一本化してもらってから、住民の態度を決めたい」。今後も州政府との会合が予定されている。(吉田拓史、写真も、おわり)