国際化の波、乗りこなせ 4県の東南アジア戦略 シンガポール駐在員に聞く

 急速に進むグローバル化の波は、日本の地域経済にも否応無しに押し寄せている。北九州市に代表されるインフラ輸出=関連記事「都市インフラ輸出へ攻勢 自治体の積極関与で活路 北九州など まちづくり経験生かし」=だけでなく、地元企業の進出支援や産品の売り込みなど、産業の海外展開で自治体の役割は強まっている。東南アジア経済のハブとなっているシンガポールには高知県が単独で事務所を持つほか、神奈川、静岡両県が日本貿易振興機構(ジェトロ)シンガポールセンターに、長野県が自治体国際化協会(クレア)シンガポール事務所に職員を駐在させ、各県の産業構造や取り巻く環境に応じ、戦略を描く。東南アジアの最前線で活動する駐在員に聞いた4県の状況や取り組みを紹介する。(シンガポールで道下健弘、写真も)

■神奈川「人件費だけで進出、バラ色ではない」 ASEAN企業の日本立地も
 ―取り組む支援はどんな内容でしょう。
 販売と現地拠点の立ち上げ支援が中心だ。製品の売り込みでは法制度や競合他社など市場を調べ、代理店のリストを作ったり、展示会出展を支援したりする。競合品調査のために現地の百貨店やスーパーで競合品を買い、日本に送ることもある。現地のマスコミに関する情報も集めており、広告の打ち方もアドバイスできる。丁寧に1社1社やらないと事務所がある意味がない。相談があれば、どんなことでも協力するよう心掛けている。
 ―企業の関心の高い国はどこでしょう。
 中国プラスワンで今、脚光を浴びているのはベトナムとインドネシアだ。だが私はフィリピンも調べるべきだと思う。人件費だけを見た場合、カンボジアは少し安いが、ベトナムもインドネシアも大きくは変わらない。全体的なオペレーションの難しさも考慮するべきだ。タイもベトナムも人材不足が悩ましい。インドネシアは労働争議が激しく、人材も採りにくくなりつつある。フィリピンはまだ人が採りやすく、労働争議も少ない。賃金上昇もジャカルタやタイは非常に激しいがフィリピンはゆるやかだ。ベトナムは物価上昇で賃金が上がっているが、ドル換算するとそれほど上がっていないなど、各国に特徴がある。
 各国政府が必死に企業誘致を進める中、インドネシアは、首長が人気を気にして最低賃金を大幅に引き上げるなど、企業に冷たい印象を受ける。小さい企業にとって、インフラや制度の未整備は大きなネックになる。通関・物流は規模が小さければ小さいほど負担が大きい。制度がはっきりしていなかったり、しょっちゅう変わったりするため対応が大変だ。
 ―それでも国内の厳しい状況を踏まえれば、見切り発車する企業もあるのでは?
 海外に出ればコストが下がると安易に考える企業はある。事前に調べていても、後からいろんな問題がでてくる。人件費だけ見て進出しても、ふたを開けてみればローカル企業に頼んだ部品の品質が悪かった、納期が守られない、輸送に時間がかかり、在庫を持たなければならないなど、どんどんコストが膨らむ場合もある。バラ色ではない。
 ―進出とは反対に、外資企業の誘致にも力を入れている。
 この2年半でシンガポールとタイ、インド企業の進出を支援した。製品が売れるようになるとアフターサービス、試験研究などの機能が日本にも必要になる。研究員の雇用だけでなく、資材供給などで地元企業への直接的な利益も出てくる。県にはサムスン、LGの研究所が進出している。日本企業の海外移転で取引が減る中で、それらにうまく乗り換えられた企業もある。
 東南アジアはまだ投資余力がないが、食品、外食産業などでは、力を付けた企業が日本市場を狙うケースは出てくると思う。長い目で見ると東南アジアのブランドが日本に広まることは考えられる。

■高知「ユズ果汁で市場こじ開ける」 県産品の販売代理店
 ―県事務所の意義をどう考えますか。
 海外進出が活発な自動車関連を含め、県内には大手企業はほとんどない。中小零細の独力進出は難しく、必然的に行政の支援も都市部とは異なってくる。高知県の場合、交通手配やアポ取り、商談会随行まで、販売代理店的な業務を担う。高知だからこそ事務所を持つ意義がある。
 国内での商談もあるが、輸出の最終判断は商社側に委ねられる。また、国内商社は輸出の側だが、現地商社は輸入側の立場にある。現地にいれば業者との対話を通じ、市場を把握できる。
 ―これまでの実績は。
 シンガポールの企業が昨年、県産ユズ果汁を使ったジュースの製造販売を始めた。年15―20トンの果汁が輸出されている。一昨年4月の見本市に出品したのが始まり。ユズの知名度は低かったがその後、大手からパン屋まで売り込んだのが奏功した。
 ―所長は商社の出身。経験は生きましたか。
 県は3年ほど前から食品関係の輸出に力を入れるようになり、われわれ民間出身者は県庁内で輸出促進業務にあたっていた。見本市の準備段階で輸入業者と接触し、物流確保や販売する場合の条件を話し合い、価格などについて当日に即答できる体制を整えた。そういう準備のないまま「◯◯県フェア」をやるだけではいけない。客に「どこに行けば、いくらで買えるの?」と聞かれた時、返答できないと商談に発展しない。
 ―なぜユズを選んだのでしょう。
 競争力のある農産物はそうあるわけではない。日本中どこにでもにあるモノではなく、本当に強いものしか海外では通用しない。高知は日本全体の50%以上を占めるユズの産地。しかもユズの生産国はほとんどない。栽培に時間がかかり、追従される心配も少ない。
 まずユズで高知を覚えてもらい、市場を開ける。商品の入り口になる物流ルートは最重要だ。シンガポールでは今回の成功を機に、県内の商店が輸出に挑戦してみたいと手を上げれば、物流に一緒に乗せることが可能になった。他にもミョウガなど、特徴的な農産品があり、受け入れられる可能性は高い。 
 自分たちのユズが海外で通用するというのは農家にとって励みになり、若者の就農にもつながる。それが一番の狙いだ。海外にモノを出すというのは、販路拡大や量をさばくというだけでなく、いろんな意味を持つことになる。
 ―シンガポール以外への展開はどう進めますか。
 県産品の普及には、市場自体の成熟度や興味を持つ企業があるかどうかなどの条件が必須だ。条件はシンガポール以外では十分に整っていない。一般消費者向けに販売するのは究極的に発展した姿だ。マレーシアやインドネシアも富裕層は増えており、レストランなど業務用市場では可能性がある。国ごとに戦略を変えることが大切だ。

■静岡「空洞化以前に本社が倒れかねない」 議会の風向きも変化
 ―最近の企業進出にはどんな特徴がありますか。
 国内だけでやっていけると思っていた中小企業でもリーマンショック以後、国内納入先が激減し、海外に出るしかなくなったというところが非常に多い。国内従業員が50―100人規模で進出する企業もある。
 一点ものの機械やサービスを提供していた企業の進出も特徴だ。試作品や工作機械メーカーには特殊な技術を持つ会社がある。その業者でしか作れない特注品を納め、メンテナンスも引き受ける。
 こうした企業はこれまで、海外に出た取引先には出張で対応し、自らの拠点を移す必要はなかったが、取引先から進出を依頼されるようになった。まだ国内需要はあっても、将来を見据え、進出を検討しているところもある。
 ―小規模メーカーの進出後の状況はどうでしょう。
 国内で付き合っていた取引先を追いかけて海外に出たからといって、関係が続くとは限らない。先に進出した取引先には、すでに別の下請け企業が付いており、メーカーにこだわらず安くて良い部品を採用している。高い技術だけ持っていても、市場の要請に答えられないと生き残れない。今進出している企業はみな売り先を見つけるので苦労している。
 支援には商談会を繰り返し開くしかない。中小企業は現地の優秀な人材の確保が難しいので、現地で就職フェアも企画したい。地元大学や専門学校と協力しながらサポートしたい。
 ―県が求められる役割も変わってきたのではないでしょうか。
 十数年前には県庁内で産業の国際化を支援する部署にいたが、当時の県議会や商工会の間では、空洞化への懸念の方が強かった。県の執行部は、本社機能や本社の生産量を落とさないのが前提の支援だ、ということを議会で説明していた。
 今はそういうことを言う以前に、国内だけでは本社が倒れてしまいかねない状況だ。議会からも充実した進出支援を求める声が大きい。とにかく海外ででもいいから稼いでもらわなければならない。国内はなんとか後から、というふうに考え方が変わってきた。
 ―とはいえ、空洞化対策も重要です。
 これまでの基幹産業が海外に移転する中、産業構造の転換も大切だ。バイオ、医薬品、医療機器や関連のソフト産業、食品科学関係の先端の集積を目指している。ただ、一朝一夕にはいかず、息の長い取り組みが必要だ。

■長野「輸出とブランド構築一体で」 国内市場の縮小見越し
 ―県は昨年11月からクレアシンガポール事務所へ職員を派遣している。東南アジア戦略をどう描いていますか。
 製造業の進出支援に加え、近年は農産品の輸出促進、観光プロモーションに力を入れている。味噌など独自に農産品を輸出する業者はあったが、行政主導で本格的にやり始めたのはここ5、6年だ。
 最初は県産品フェアを各国で開き、知名度を高めようとしている。産品が認知されれば、輸出を狙う企業は楽になる。長野で本物を味わってみたいという観光客の誘引にもつながる。輸出と観光プロモーション、地域ブランド構築を一体で進める。
 ―農産物の輸出はどう進めていますか。 
 生産量に限界があり、大量に作って大量に売るのは難しい。高価格で少量だが、とても良い物がある、という売り方をするしかない。やたらに広げればいいというものではない。富裕層の多いシンガポールに力を入れる意図はそこにある。東南アジアでは輸入手続きで障壁がある場合が多く、現時点ではシンガポールとタイが有望だ。
 県は首都圏に近く、農産物は国内でもさばける。何が何でも輸出を、という空気ではない。ただ将来的には国内市場は縮小する。若手や、企業として農業をやるところは積極的に展示会に出てきている。若者にとって海外に目を向け、将来の展望が描ける意義は大きい。
 ―観光客誘致の取り組みはどうでしょう。
 中国や台湾、香港がメインだったが東南アジアは今後伸びる。長野県は雪景色などもあり、目的地に選ばれやすいはずだ。重要国はシンガポールだが人口が少ない。今後はインドネシアに力を入れる。人口が多く所得も上がっている。モデルコースなどを作り、現地の旅行会社にどんどん紹介していきたい。
 ―受け入れ側の体制は整っていますか。
 言葉の問題もあり、外国人の受け入れはそれなりに大変だ。市町村や旅館ごとに温度差はある。観光関係者を集め、受け入れのためのセミナーを開くなど、情報提供している。

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